わたしをつくった百の物語

藤光

第1話『そらいろのたね』中川李枝子

 あなたが人生ではじめて読んだ本はなんですか。

 それはどんな本だったか覚えているでしょうか。


 わたしは覚えていませんが、たぶん絵本だったのだろうと思います。

 わたしの母は保育士(当時は「保母」と呼ばれていた)で、家には何冊も絵本がありました。そのなかに『そらいろのたね』があったのです。


 作者の中川李枝子さんと挿画の大村百合子さんは、ロングセラー絵本『ぐりとぐら』をはじめ、数多くの絵本を世に出していますが、わたしの印象に残っている一冊はこの本、『そらいろのたね』で、それはこんなお話です――。



 ゆうじが模型飛行機を飛ばしていると、きつねがやってきて「そらいろのたね」と模型飛行機を交換することになりました。


 そらいろのたねを植えて水をやると、なんと空色の家が生えてきたではありませんか! 空色の家はみるみるうちに大きくなり、たくさんの動物や鳥や子どもたちの楽しい遊び場になります。


 しかし再びやってきたきつねが、みんなを追い出して空色の家を独り占めしてしまいます。きつねが家にはいると、空色の家はさらに大きくなって……。

(福音館書店のサイトから抜粋)



 結果として、きつねによって独り占めにされた空色の家は、どんどんどんどん大きくなって破裂してしまい、きつねは目を回し気を失ってしまい、お話は終わります。


『そらいろのたね』は、ゆうじたちにいじわるするきつねが懲らしめられる楽しいお話――ではあるのですが、楽しみながら幼い子どもたちははいくつかの教訓を得ることができます。


◯ むやみに友だちのものを欲しがってはいけない。


 きつねは、ゆうじの持っている模型飛行機がうらやましくて仕方ありません。そのほんとうの価値をよく知らないまま「そらいろのたね」と飛行機とを交換してしまったことから後のカタストロフ(というほどではありませんが)につながります。


◯ みんなが楽しんでいるものを独り占めしてはいけない。


「そらいろのたね」から素敵な家が生まれたと知ったきつねは、たねと飛行機とを交換してしまったことを後悔します。むりやり飛行機をゆうじに返すと、みんな(友だち)を空色の家から追い出し、「これはぼくのものだ」と独り占めしてしまうのでした。

 

◯ 肥大化した欲望は自分でも手に負えなくなる。


 素敵な空色の家は、きつね(すなわち、よくない心をもつわたしたち)のもつ独占欲や虚栄心の象徴です。みんなを追い出した後、きつねが一人だけで住む空色の家はどんどんどんどん大きくなって、ついには破裂。あとに目を回したきつねだけを残して消えてしまいます。


「わたし」と「あなた」、そして「わたしたち」という基本的な対人関係のなかで、人は自分の欲求とどう向き合い、他人に対してどう振る舞えはよいのか? 「わたし」が未分化である幼い子どもにそうしたことを説明するのは難しいのですが、『そらいろのたね』にはこれを考える小さなきっかけ――「たね」を与えてもらったように感じます。



 なかがわりえこ/おおむらゆりこ『そらいろのたね』は、福音館書店の絵本です。1967年発行のため、内容には古臭さも感じますが、描かれたテーマはまったく古びていません。Amazonで検索すると1100円で今も買えるようです。


次回は、佐々木マキ『やっぱりおおかみ』を取り上げます。

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