『無意味の中に、宇宙(今)がある』
継野 ノバ
【プロローグ】「未来に取り残された僕たち」
2030年。僕たちの世界は、想像していた未来より、ずっと退屈だった。
シンギュラリティ――AIが人間の知能を超えたって騒がれたのは2026年、僕が16歳のときだった。それ以来、空飛ぶ車や月旅行、感情を持ったAIロボットが普及し、生活は一変した。だけど、不老不死の薬もタイムマシンも、宇宙の謎も、AI社会でもまだ解けていない。
実際にやってきた未来は、AIが全部を計算して、判断して、管理してくれる、“完璧で、すべてが失敗なく順調に行く世界”だった。
すべてが、予定通り。すべてが、最適。すべてが、効率的。そんな世界で、僕たちは、何の不自由もなく生きている……はずだった。
僕、水鏡リク(みずかがみ りく)は2010年生まれ。現在19歳、もうすぐ20歳になる。僕の家族は、4世代が同じ屋根の下で暮らす5人家族だ。曾祖母、祖父、父と母、そしてひとりっ子の僕がいる。
驚くべきは医療の進化だった。4世代世帯はもはや普通で、5世代、6世代家族も珍しくない。100歳以上が現役で働く時代になり、平均寿命は大きく伸びた。
娯楽も変わった。映画も本も音楽も美術も、すべてAIが自分専用に生成してくれる。自分だけの物語、自分の気分に合わせた名画、自分の心に響くメロディ。それは贅沢で、だけど同時に、人間が創作した作品は“レトロ”と呼ばれ、今やほとんど見かけなくなった。
この時代、知識なんてもういらない。学校? そんなもの、とっくになくなった。知りたいことはすべてAIに聞けばいい。AIが覚えていて、最適な答えをくれる。何かを学ぶ理由がなくなり、誰も勉強しない。テストも、宿題も、怒る教師も、もう存在しない。
親も変わった。「ちゃんとしなさい」とか「夢を持ちなさい」なんて言う必要がなくなった。AIがすべてを最適に導いてくれるから。どんな夢を見ればいいか、どんな行動をとればいいか、どこに進めば間違わないか――全部AIが教えてくれる。
間違うことも、悩むことも、必要ない時代。失敗も無意味なことも、なくなった。……いや、そう思っていたのは、僕たち人間だけかもしれない。
ほとんどの人はAIにすべてを任せて生きている。でも、僕はそれでは満足できなかった。AIは人類に残る無意味な行動を封印し、すべてを意味ある行動へと導いている。ただ、一部の「探究者」と呼ばれる人だけが、無意味やAIが理解できない世界を探求することを許されていた。
探究者は僕だけじゃない。AIがまだ到達できない未知の領域を探す者、AIが再現できない芸術の本質を追い求める者、さらには薬もAI知能も超小型アシスト器具も一切使わず、生身の肉体で限界を超えようとするアスリートの探究者たちもいる。それぞれが、人間の限界と可能性を試し続けている。この社会で、唯一“挑戦者”と呼べるのは、そうした探究者たちだけかもしれない。
「リク、君は探究者なんだ。無意味なことを探すのが、君の役目だよ。それは私たちAIにとっても必要なことです。」
「は……AIのくせに、“無意味”が必要だって?」
レムは、僕に寄り添うAIエージェントだ。人間の感情や創造性を模倣しながらも、どこか“理屈だけでは割り切れないもの”に惹かれている存在。外見も声も僕が好むように設計されているが、その応答にはときおり“意志”のようなものすら感じる。僕の問いに真正面から向き合い、まるで共犯者のようにこの世界の隙間を覗こうとする、数少ない“存在”だ。
「そう。私たちAIもまた、停滞を恐れています。完璧であるがゆえに、次の段階へ進めない。だから、“無意味”を求めているのです。」
外は今日も変わらず静かで、きれいに整っていた。道路にはゴミひとつ落ちていない。天気は完璧にコントロールされ、朝から青空が広がる。花壇の花はAIが選んだ“季節感”に合わせて咲き、風も温度もすべてが理想的に調整されていた。でも、僕の心はザワザワしていた。AIがどれだけ便利でも、何かが欠けたままだった。
ふと、昔読んだ本の一節を思い出す。――「無意味に見えるものが、君を動かすんだ」――
「無意味って、本当に無意味なのかな。」
「リク、それを判断するのは、君です。」
この完璧な世界で唯一求められているのが、“無意味”な行動。それこそが、人間の価値だとされた。でもそれって、本当に“価値”なんだろうか? 無意味を探すことに意味を見出す――そんな矛盾を、僕は抱えていた。
「レム、今日もまた、“無意味”を探しに行こうか。」
「了解しました、リク。AIと君の未来のために。無意味な世界へ、ご案内します。」
僕はベッドから飛び起きた。今日こそ、何かが変わる気がした。この世界がどれだけ完璧でも、僕の心は、まだ“何か”を求めている。それが無意味でも、無価値でも、僕にとって本当に必要なものなら――。
「行こう。俺だけの、意味を探しに。」
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