第13話 2-6 失踪
早朝の祈りの儀式の際中にそれは起きた。
王宮騎士団兵たちが、突如現れ、大神殿の祈りの間の扉を開け放った。ざっざっと軍靴を鳴らして行進する王宮騎士団兵たち。彼らは、大神殿で祈りを捧げるアリシアの目の前へとやってくるなり、靴先を揃えて一斉に止まった。
なにが起きているのかわからずに、不安げな表情を浮かべている者。はたまた、この非日常的な状況を楽しんでいるような者。聖女候補生たちの視線は、王宮騎士団兵たちの視線の先にいる、アリシアへと向けられていた。
当のアリシアは、きっとまたどちらかの王子が呼びつけたんだろう。暇人どもが。程度に状況を把握する。祈りの時間をサボる理由を考えていたところだったから、まあ、ちょうどいい。
強面な兵士の中に、見覚えがある青髪の青年の姿を見て、なんとなく懐かしさを覚えた。だが、彼の方は完全なる無表情のままで、「アリシア・カリュー・シュクランテ……! 第二王子の命により、今すぐご同行願いたい」と、ここ1番の見せ所とばかりに胸を張った。
遠巻きに見ている聖女候補生たち、そして大神殿で祈りのさまたげをする侵略者を、どのタイミングで追い払うべきかを悩んでいる大神殿の神官たちの視線が強まる。
「同行って……わたしにはお祈りの儀式が残っております」
と、体裁的に一応、断ってみる。当然、アリシアの反論は却下され、「では失礼する」と有無を言わさずに羽交い締めにして無理やり大神殿から退場させられた。
そんなアリシアを見た同級生たちには「やはりアリシアさんは、悪いことでもしたのかしら?」「そうじゃなかったらあんな雑な対応されないんじゃなくて?」「やはり素行が悪かったのね。だから庶民って、いやね」などと口々に呟き出した。
やはりって、なんだっっ!!!???
やはりって!!!
大神殿に戻ったら覚えておけよぉおおお!!!!!
と、アリシアは、馬車に乱暴に押し込まれながらも息巻いた。
* * *
王子宮へと馬車が着くなり、再び羽交締めにされて荷物のように運ばれた。運びこまれた一室は、オールセンの部屋と同じぐらい豪奢な部屋だった。
いや、”同じぐらい”ではない。”どの調度品もオールセンの部屋に置かれていた調度品と同じもの”が置かれている。だがこの部屋はオールセンの部屋ではない。
そう思ったのは、壁紙の色が異なったからだ。オールセンの部屋の壁紙は、銀色の壁紙にラピスラズリを砕いて混ぜたような濃紺色のアラベスク調の紋様があったが、この部屋は淡いベージュに深紅の薔薇のような真っ赤な色のアラベスク紋様が刻まれている。
調度品は新しく入れ替えたばかりなのかどれも真新しく、オールセンの部屋の家具よりも光沢があり、掠れ傷ひとつない。
そして、銀糸のレースのカーテンが靡く窓から見える景色は、王宮の庭に面しているらしく、美しく彩られた花々の花壇が目に入った。
太陽の位置からしてここは王宮の西に位置する。ということはオールセンの部屋の真反対の位置にあるということになる。
主人のいない部屋の中を少し探索しようかと思った矢先、扉が乱暴なほどに大きな音を立てて開いた。
「アリシア! フォルティが!
フォルティがいなくなっちゃったんだぁああ!!!!」
大粒の涙をぼたぼたと溢すジェラルドは、いつもの王子らしいセリフを一言も発することなく、幼い子供のような喋り口調でアリシアを出迎えた。
「アリシアなら、フォルティを見つけられるだろ。
きっと、見つけてくれるよね。大丈夫だよね?」
「聖力は万能の力だとでも思っているのか?」
「え、探せないの?」
ジェラルドは、アリシアの言葉が意外だったのか驚いたように目を見開いた。
「助けになってやりたいが……。残念ながらペットを探すスキルは持ち合わせていない。あんなに小さな動物だ。誰かに食べ物でももらったか何かして、王宮のどこかにいるんじゃないか」
そう告げると顔面を蒼白にさせて、大きく首を振った。
「フォルティは……、とても人見知りで。今まで一度だって僕のそばから離れることはなかったんだ。王子宮から離れる時は必ず信頼できる者に預けていたし、いなくなった時だって、僕が王子宮にいた間のほんの数分の間で……」
フォルティは数分間のわずかな時間で消えた。自ら逃げたのではないなら、誰かに計画的に連れ去られたか。アリシアを呼びつける前に、王宮内は徹底的に探しただろうから、不審者情報も炙り出されているはず。王宮騎士団兵たちの様子から見ても緊急性を要する事案扱いである。彼らが無能でないなら王宮内にはいないとみていい。
くまなく探したものの手がかりを見つけられなかったから藁をも掴む思いでアリシアを呼び出した。アリシアならなんとかしてくれる。そう思ってくれるのはいいが、はっきり言って人選間違えすぎである。私は聖女で便利屋ではない。
「言っておくが、かくれんぼは苦手だ。隠れるのも見つけるのも全く得意じゃない。だから別のやつを頼ってくれ」
優秀な王子宮の侍従たちが見つけられなかったものを、この小さな少女が見つけられるはずがない。適当に引き受けて失敗し、信頼を失うぐらいなら、ここは手を引いた方が賢明だ。
「もし手伝ってくれたら、なんでもアリシアの願いを叶えるよ。聖女のテストを免除させたっていい」
「それは本当か?」
思わず前のめり気味に尋ねてしまった。
——テスト免除だと?
あの地獄のような勉強漬けの日々から解放される?
「僕から直々に母上に頼んで、お願いしても構わない」
ジェラルドの愛らしい瞳があざとく瞬かれる。
「でも、アリシアが無理だっていうならしょうがない。
諦めて別の人のお願いしなき——」
アリシアは、ジェラルドの手を慈しむように両手で包み込んだ。
「ジェラルド、この私こそが、適任者だ」
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元魔王ですが、転生したら世界を救うことになりました。 とあ @Ke1
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