第12話 2-5 フォルティ
長い歴史と共にスコーンを噛み締めていると、意を決したように「フォルティに会って欲しい」とジェラルドが言い放った。
“フォルティ”
そういえばジェラルドが自分の兄を見殺しにしてでも守りたいとか言っていた人物がいた。わざわざ会う必要などないが、会わせたいというなら会ってやらんでもない。
「実はもう連れてきてるんだ」
愛しのフォルティ嬢を呼びにジェラルドはダンスを踊るような足取りで部屋を出ていった。どっちの答えを選ぼうと結局フォルティには会わせるつもりだったらしい。
「そのフォルティ嬢というのは、ジェラルドとどんな関係なんだ?」とオールセンに尋ねる。
「もし2人が婚約者同士だったら、アリシアはどうする?
ジェラルドを諦めて、私だけを愛してくれるかい?」と、さも面白そうに第一王子が目を細めて笑う。
「齢13歳ばかりの少女に訊ねる質問じゃないな」と、返すと、オールセンは「たかが器の年齢で、君を見てはいないよ」と、まるで愛の言葉を囁くように、平然と言ってのけた。
まさか第一王子の身体に聖力を注ぎ込んだ際に、アリシアの魔王であった情報も一緒に送られてしまったのかと思い、冷や汗をかく。だが、そんなことはあり得ないはずだ。
「そうか……ロリコンなのか」というオールセンの性癖へと辿り着きアリシアは合点する。「あのね」と第一王子が反論を口にしようとした矢先、バーンと勢いよく扉が開かれた。
「アリシア! こちらが、僕の愛しのフォルティ嬢だ!」と、ジェラルドが胸を張る。
愛しのフォルティを紹介してくれるっていったのに、そこにはジェラルドしかいない。透明人間なのか、幻でも見せられているのだろうか。
階級の低い幽霊種であれば、時折見えないこともあるが……。
アリシアがポカンと口を開けたままでいると、ジェラルドが、ここここと首元を指差した。そういえばジェラルドの首に何かふわふわのマフラーのようなものが巻き付いている。ラクーンの毛皮かと思いきや、それはスルスルっと動き出し、こちらへと顔先を動かした。
銀色の毛並みにサファイヤのような青い瞳を持つイタチが、ジェラルドの首元に巻きついたままこちらを見つめていた。
「僕の大切なフォルティ。可愛いだろう?
アリシアにもぜひ、見せたくてね!」
と、なんとも嬉しそうにジェラルドが告げる。出逢った当初は王子らしい話し方だったのに、今ではだいぶ心のハードルが下がってきているらしく、年頃の少年らしい話し方をする。
フォルティ嬢改め、イタチのフォルティは、確かに愛らしい。毛並みは綿帽子のようにふわふわで、つんと目尻が上がったアーモンド型のつぶらな瞳は、たいそうな美人顔だ。そして装飾品は毛並み以上にゴージャスだ。
首元にはサファイヤの宝石が埋め込まれた羊皮の首輪。ジェラルドが着ている柄と同じチョッキは、きっと絹だ。さらに尻尾には濃紺のリボンが結ばれている。いかにも大事にされている王子様の愛玩物って感じがする。
フォルティもジェラルドの溺愛をわかっているのか、アリシアや第一王子には目もくれず、ジェラルドの首にひっついて離れようとしない。動いていなければ、きっとジェラルドの服の装飾品だと思っただろう。
「まるでジェラルドの体の一部のようだな」と告げると、ジェラルドは、「そうだろう。片時も離れたくなくっていっつも一緒なんだ」と、目じりをだらしなく緩めて、破顔する。
ジェラルドのなかなか見られないデレぶりに、些か引いてしまったが、どれだけ愛しているのかは理解できた。
「愛玩物に負ける気分は?」と、第一王子に尋ねたかったが、冗談では済まされなさそうなのでやめておく。
それからのティータイムはフォルティの可愛いところを、20エピソードほどジェラルドが語ったところで、お開きになった。
「今度来た時は、絵師に描かせたフォルティの肖像画を見せてあげよう。アリシアだけ、特別だ!」
と、何故かアリシアがフォルティの肖像画を見たいと言い出したかのように、約束をさせられた。フォルティは可愛らしい動物だと思う。だが、誰もがジェラルドと同じトーンでフォルティが好きなわけではないのだが、そんな周囲の想いなどジェラルドは気づかない。
「今日はごちそうさま」と、オールセンとジェラルドへとお茶会のお礼と籠いっぱいの手土産への感謝を告げる。
馬車に乗る間際に、第一王子がポケットの中から何かを取り出して、アリシアの首にかけた。何かと思い、手で掬い取ると、ペンダントだった。銀色のペンダントの真ん中に瞳ほどの大きさはあるペリドットのような黄緑色の宝石が埋め込まれている。
「君を魔物から護る効力がある魔道具だ。近くに魔力があるものが近づいたり、魔物が迫った時、色が変わって知らせてくれる。私からのささやかなお礼ということで受け取ってくれ」
さ・さ・や・か????
魔力を察知する魔道具など、平民では手が出ないほど高価なものだ。
きっと一生聖女の仕事を続けたとして買うことはできないほどの高級品。それを惜しみなく人にあげられるなんて、さすがは王族。
なんかムカつく。
「それに私たちに呪いをかけた呪術者を見つけるためにも、君が持っていたほうがいい」
そうだ。結局は、王太子の命を最優先してドラゴンの孵化を止めるために最大限の聖力を使ってしまった。そのせいで呪術者を辿ることは出来なかったのだが、この先、呪術者と何処かで遭遇するとも限らない。これはその際に大いに役立つ代物だ。
「ありがとう」と素直に伝えると、そんな返事が戻るとは予想していなかったのか、今度こそ鳩が豆鉄砲を喰らったかのような、なんともいえぬ表情を浮かべた。
——それから8日後の午後。フォルティが失踪した。
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