第11話 2-4 くちづけ

「わかった。努力しよう」


 そうオールセンは囁いた。再びキスをしようと顔が近づいてきたところで、ノックもなしに扉を開けたのは、ジェラルドだった。

「アリシア! よく来てくれたね!」と、キラキラと輝く満面の笑みが、見る間に不審なものを見る瞳へと変わっていく。


「な、な、何して!!!!?」


 顔を真っ赤に染めて驚いているジェラルドに何故か「違う」と否定をしてしまった。


「彼女から告白を受けてね……そうなった」と、オールセンが、まるで可憐な少女のようにぽっと頬を赤らめる。


「あ、あれは告白じゃ!?」


 オールセンの理解に苦しむ思考回路に、目を丸くするほかない。


「あんな告白は生まれて初めてだよ」と、またまた恋を初めてした乙女な顔をして唇を手のひらで覆った。


「断じて告白ではない」

「でもキスを拒まなかった」

「フェイントすぎて拒めるか!」


 まるで魔気の中にいるかのように息苦しい。

 ゼエハアしていると、ジェラルドからは見えない角度でオールセンは涼しい顔で笑っている。


 ——コイツ楽しんでやがる。

 なんとも飄々とする第一王子の態度にハラワタが煮えくりかえりそうだ。無垢な少女の唇を奪うとは、なんてやつ。


「アリシア……、兄上とキスしたのか…?」


 ジェラルドの狼狽えた声が耳に届く。

 これではまるで、2人の王子を手玉に取る悪女じゃないか……!



*  *  *


 テーブルの上にはケーキの山、山、山。ずっと食べたいと思っていた色とりどりのお菓子たちは、どれも砂を噛んだように味がしない。それもこれも、先ほどの件で、ジェラルドが第一王子に向けて殺意ある視線を向けているせいだ。第一王子はそれに気付かぬふりをして紅茶を飲んでいるが、内心この状況を楽しんでいるようにも見える。


 このままではジェラルドが先に第一王子を殺しそうだ。


 それは困る。この先の復讐計画に、第一王子と第二王子は駒として欠かせない。この国を破滅に追い込むには、アリシアのような権力のない平凡な人物ではだめなのだ。国の権力に簡単に踏み潰されないためには、生まれた時から権力を持つ者。そして国家の政治に近い位置に立つ者が必要だ。彼らを手中に収めることができたら、傾城への道がだいぶ楽になる。


 ぐふふ、ぐつふうふふふ。


「お、おい、アリシアが気持ち悪い笑い方してるぞ」とジェラルドが怯えた。そしてオールセンは「さっきのキスの余韻に浸ってるんだよ」と、紅茶を飲みながら意味不明な解釈をつけている。


 勝手に言っているがいい。

 道化となるのはお前らだからな!


「あ、そうだアリシア。実は折り入ってたのみがあるんだ」


 と、ちょうどクロテッドクリームをたっぷりと乗せたスコーンに齧りつこうとしたところで、ジェラルドが前のめり気味になり近づいてきた。目の前にあるジェラルドの視線など構わずに奥歯が見えるほど大口を開けてスコーンを頬張る。さっくりと歯触りの良いスコーンと濃厚なクリームが口の中でほろほろと溶けていく。


 ううーん。美味い。

 サクサクなのにしっとりとしていて口の中で広がるバターの香りがたまらない。生地に練り込まれたレモンピールの程よい酸味。それに生地の甘さのバランスといい、素晴らしい職人技だ。

 さすがは王宮のパティシエ。お菓子は3000年の間にとんでもない進化を遂げたらしい。このスコーンを食べられただけでも3000年後の世界で目覚めた甲斐があったというものだ。


 長い歴史と共にスコーンを噛み締めていると、意を決したように「フォルティに会って欲しい」とジェラルドが言い放った。

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