第10話 2-3 王太子の首
「察しの通りだ。呪いは消えたが、魔気が左目だけに残されたらしい。
どうだい。この瞳。魔族のように見えるだろう?
人に見られたら不快感を与えると思ってね。だから隠しているんだ」
オールセンは皮肉めいた笑みを浮かべて左唇の端をクイっと引き上げた。確かに黒い瞳は魔族の象徴のようなものだ。人間にとって忌み嫌う魔族と同じ瞳を持つ者が居たなら、不快感どころの話じゃない。存在そのものに疑問を抱く。
こいつは、本当に人族なのか?と……。
それがこの国を継ぐ王子なら、魔族弾圧が平常運転のこの国で、魔族のような容姿を持つ者が、次期国王になる確率はゼロに等しくなる。
「これで合点がいった。どうりで褒美の連絡が来ないと思っていたんだ。左目だけだとしても王子様を魔族と同じ容姿にしてしまったのだからな。呪いを完全に消せなかったのは、私のせいだ」
呪いを消すことよりも、呪術者を探すことを優先したため、呪いをギリギリまで生かしてしまった。そのせいで、身体に呪いの爪痕を残す結果となってしまった。
不本意ながらも、第一王子をこのような容姿に変えたのは、アリシアだ。そんなアリシアが貴族の称号など貰えるわけがない。
彼の命と引き換えに王となる未来を奪ったのだから。
自分の過ちを悔やんでいると、スッと第一王子の長い指先がアリシアの頬に触れた。アリシアの目をじっと見つめ、心配げに、「君は私が怖くないのか?」と尋ねた。質問の意味がわからずに首を傾げて、「恐れて欲しいのか?」と告げると、今度は目を糸のように細めて笑う。
「皆は私が魔族にでもなったかのように怖がるから、君もそうだと思ったんだ」
オールセンは変声期を終えた低い声で告げた。彼の声は品があり、以前魔気に覆われた中で聴いた声よりもずっと柔らかく優しい響きがある。その声と同じぐらいに、平民のアリシアに対しても優しい配慮をしていたことに気づき、やはりそういった気の使い方が出来るのは王族なのだなと、ひとり思う。
アリシアは「魔族の瞳程度で怖がらん」と、何を心配しているのかと鼻で笑い飛ばした。正直いって、そんな瞳は見慣れている。そもそも瞳程度の魔力を手に入れたところで、脅威の存在になれるわけがない。
魔族をナメるな。
とはいえ、すごく懐かしい瞳だ。できることならずっと眺めていたいものだ。しばらくジイっと見つめていると、あることに気づいて、アリシアはオールセンの頬を勢いよく両手で挟み込んだ。
「身体は大丈夫か? 力が徐々に奪われているような感覚や、動悸が早いとか息が吸えないとか、なにか、違和感があるところはないか?」
魔族の力が人間の器に入ったのなら、魔気がないこの土地では、息をすることすら苦しいはず。魔族は魔気がない場所に居るだけで、徐々に力を奪われ、命をも失われていくのだ。結局、ほんの少し寿命が伸びただけで、明日にでも死ぬのではないか?
「大丈夫だ……、むしろ呪いが消えてすこぶる体調がいい」
と、元気よく腕を振る。
「そうか、……安心した」
やはり瞳は、呪いの副産物のようだ。だが、それはそれで残念な結果である。
「私の体を心配してくれたのか?」
と第一王子に尋ねられて、今自分が、この人間の身体の安否を心配していたことに気づいた。
「今、死なれたら、私のせいにされかねないからな。
私はまだ死にたくない」
多分これだ。
きっとこのせいで心配したのだ。うん。
「その点には十分配慮しよう。
君は私の恩人だ。国王になった暁には、聖女に推薦しよう」
「先の長い話だな」と、皮肉を混ぜ、冗談めいて返したが、この一件で今までの王政が大きく変わるはずだ。男子が17歳で死んでしまうからという理由で女王を置いていたが、これからは男もこの国の君主になることができる。
きっと、今頃、誰を次期王にするか?
大臣たちが裏で話し合っていることだろう。第一王子の瞳の問題さえなければ確実に次期国王になるはず。もし梯子を外されたとしても、第二王子のジェラルドにチャンスが巡ってくる。女王ではない時代の幕開け。それは長いこの国の歴史から見ても大きな変化と言えるだろう。
「褒美の件だが、私から個人的に差し上げたいと思う。
何か欲しいものはあるか」
「ならお前の首をくれ」
間髪入れずの答えに第一王子の右目が大きく見開かれた。
あ、しまった。つい。
またジェラルドの時のように鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になるはず。
「あっ。違うんだ」
と、慌てて訂正した唇を何かが覆う。
それが、第一王子の唇であることに気づいた。真綿のように柔らかく、熟れた果実のように蠱惑的な熱。それが離れていくと同時に、閉じた瞼をゆっくりと持ち上げて、アリシアの瞳を捉えた。
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