002 鳥籠の話

第8話 2-1 祈り

(1)


 聖女候補生の1日は、祈りで始まり、祈りで終わる。


 大神殿にて、「聖力を与えてくださった”聖女ラファエラ・ブルーレンの像に祈りを捧げ、この地を治めた初代国王勇者ルドウィック・ペレアスに祈りに忠誠を誓う。悪しき魔王討伐のおかげで人間はこの土地に住み、生きながらえることができました。今日も新しい1日が始まることに感謝をいたします。」


 ……なんてほざくのだ。


 聖女の銅像を前に膝をつき、無垢な瞳をキラキラと輝かせ、熱心に祈りを捧げる聖女候補生たちを横目に、この拷問のような祈りの時間にいつまで耐えなくてはならないのか、アリシアは吐きそうな感情を我慢するのに必死だった。

 できることなら、どっちが悪人なのか、ここで祈りを捧げる聖女候補生達に説明したいところだが、そんなことをすれば秒で八つ裂きにされるはず。


 ——我慢だ。せめて大きな後ろ盾を手に入れるまでは。



*  *   *



 ——あの日、王城で第一王子の呪いと対峙した。

 呪いを解放しようとする肉体へ聖力を押し込み、ドラゴンを放つことを阻止した——はずだった。

 全聖力を注ぎ込んだ器は、呪いを消し去ったが、量に耐えきれず、聖力の逆噴射が起きてしまった。

 ジェラルドの身体がからこぼれた聖力はアリシアの身体の中を通り過ぎ、まるで王都全域を一瞬で切り裂く鎌鼬が発生したかのように、周囲の人々の記憶を奪った。

 広範囲とはいえど、アリシアの聖力が肉体の外へと放出されたのは、ほんの一瞬のことだったため、周囲の人々の記憶が消えたのもほんの数秒程度の記憶の損失だったが、アリシア自身は、その渦の中心であったがゆえ、自分の放った聖力に耐えきれずに、その後の一刻分の記憶を失っているらしい。その間はずっと気を失っていたので、大きな被害はない。


 その後、王宮の病院に運ばれてから目が覚めるまでの7日間ほどの間、第二王子のジェラルドが、アリシアが眠っている間、片時も離れなかったそうだ。

 罪な女だなあ。アリシア。と、魔王の器となった少女に向かって、冗談を口にする。さらには最善の治療を施してくれたらしく、その後、大神殿へと戻る時も、豪奢な馬車、そして聖女候補生達の教師である大神官たちへ、第二王子自らの命令によりアリシアの休学分の授業に関しても、善処するようにという手紙が添えられていた。

 そのおかげで授業が終わった後も、休んでいた分の補習授業がアリシアのためだけに実施されている。


 ありがとう。ジェラルド。いつか必ず息の根を止めてやる。


 アリシアは祈りに夢中な聖女候補生達を横目に「ステータス」とこっそり呟く。口にした瞬間、目の前にガラス板のウインドウが現れた。

 このガラス板は、アリシア以外見えないらしい。聖女像に目を向けるふりをして表示を読む。

 ステータスには、アリシアの情報が記載されている。

 ドラゴンの呪いを解くまえから比較すると、聖女LVが2上がっていた。精神力のポイントやHPやMPの数値も増えている。どうやら体力を使うとHPが減り、聖力を使うとMPが減るようだ。


 お腹が空いているとHPが徐々に減るので、空腹はHPと関係があるらしい。今日も朝食を食べ損ねたせいで、空腹は限界だった。そのせいで、祈りの前と比べるとHPが2ポイント減っている。

 アリシアが使える聖力のスキルは、魔族で言うところの魔法にあたるものだろう。


 今使えるスキルは、


 傷や病を治す治癒能力  LV5


 呪いを消す対呪術者能力 LV2


 探索、聖力を込めた相手の居場所を探索する索敵能力 LV1


 他にもスキルが記載されている。


 殺傷力がありそうなスキルは……今のところ見当たらない。

 はあ、と、ため息を吐き出す。やはり、自分では人を殺せないらしい。

 前世は最強の魔王だったというのに、今では殺傷能力はゼロに等しい。最弱にも程がある。


 それでも王族を一掃する目標に辿り着くために必要な新たなルートは見つけられた。アリシアが第一王子の呪いを消滅させるため、全力で聖力を送り込んだことで、呪いをかけた呪術者の魂に、聖力の道標を刻むことができた。つまり、アリシアの聖力の刻印がされた者が呪術者であり、そして魔族の末裔ということになる。それを見つける手立ては、まだないが。

 「アリシアさん」と、礼拝堂から食堂へと向かう廊下で、聖女候補生の二人組に声をかけられた。


「よければ、昼食、ご一緒致しませんか? 

 王城でのアリシアさんのご活躍、是非とも伺いたくて」と熱っぽい視線を送ってくる。

 このところ、ジェラルドが、聖女候補生なる庶民出の少女に対して丁重すぎる“配慮”をしたせいで、王城でのアリシアの活躍は瞬く間に、大神殿の中に拡がっていた。おかげで武勇伝を直接アリシアの口から聴きたいという好奇心に満ちた聖女候補生からのお誘いが絶えない。 


「はいはい。並んで並んで。話を聞きたい人はこっちね」


 と、慣れたそぶりで観客を誘導をするのは、ミグリアだ。8人がけの奥のテーブルを陣取り、先ほど声をかけてきた少女たちを席へと案内する。アリシアも昼食の乗ったトレイを手に席へと着いたところで、何者かが仁王立ちで現れた。



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