第4話 呪

 *   *   *


「わかった…..。特別に助けてやる。そいつのところに連れて行け」


「ちょっ。僕は第二王子で貴族なのだが。タメ口は無礼だろう?」


「はぁ?? 人に頼み事をしておいて、敬語を使えだと?

 王子さま。そういう態度なら、今の約束は無しだ」


 アリシアはジェラルドの言い分など無視をして、ドアへと向かう。すると背後から、「待ってくれ!」と、慌てた声がかかった。

「か、構わない。話し方ぐらい譲歩しよう……」そんなセリフを耳にして、ついアリシアの口元が緩む。


「で? 報酬はあるんだろうなあ?」


 アリシアはジェラルドへと詰め寄った。彼のつんと尖った鼻先まで顔を寄せる。淡雪のように白くきめの細かな肌は、人形の様に艶やかだった。日焼けしてそばかす混じりのアリシアの頬とは全くの別物だ。ちょっと嫉妬を覚えたが、要らぬ嫉妬だと直ぐに気づいた。


 この国の第二王子であるこの美しき少年を手中に収めれば、自分の手を血で染めなくとも国家転覆ぐらい容易く出来そうだ。大聖女や王族どもを屠り、最後に、この少年の断末魔を聴いてやろう。


「くっくく….」とアリシアは笑いが込み上げるのを抑え込んだが。ジェラルドはアリシアと見つめあっていることに耐えかねたのか、顔を真っ赤にさせていた。


「き、君は、キョ、キョリカンというものがわからないのか?」


 幼い少年といえど、多感な時期なのだろう。アリシアはタヌキの様に瞳がクルッと大きく、唇もぽってりと厚くふっくらとしていて、愛嬌のある顔立ちだ。黒曜石の様なしなやかな黒髪も、日に焼けた健康的な肌も、小柄で華奢な体つきも男の保護欲を掻き立てる。この王子は、こういう少女が好みなのか。と考えながら開いた距離を再び狭めた。


「そうか……?

友人なら、あり得る距離じゃないか?」


 しれっと告げると、


「そ、そうだとしても、ち、ちかい!」


 戸惑いつつ顔を真っ赤にさせている。 

「コイツちょろいかも」とアリシアは心の中で呟いた。


「報酬は、金貨がいいのか? それとも大聖女になるための推薦状?」


 ジェラルドの質問に、「報酬は、お前の心臓だ」 と力強く告げると、王子は目を丸くした。


「ま、まあ、どちらも魅惑的だが。まあ、まずは呪いを解いてやる。それからじっくり報酬について話し合おう。それで第一王子にはいつ謁見できる?」


 そろそろ夕食にありつきたいところだ。次の予定だけして、さっさと退散したい。テーブルの上に載ったオブジェの様に陳列されたケーキたちをいくつか拝借していけないだろうか。聖女の修行の場ということもありアリシアも甘いものには飢えている。ついでにミグリアの分もポケットに詰めて帰りたい。アリシアが「ケーキをいくつか持って帰ってもいいか?」と尋ねる前に、ジェラルドが口を開いた。


「では、これから、王宮へと向かおうか」

「あぁあ?」


* * *


 門扉の前には、馬車が用意されていた。一台だけの馬車と見る限り、すでに女王と王配は城へと戻ったのだろう。王子が神殿に留まった理由が、たかが一聖女見習いのためだとしたら、アリシアへの期待はかなりのものだということ。

 第一王子を治せなかったら、アリシアの首は再びここに戻るまで繋がっているだろうか。


 とはいえ、馬車は豪奢でこの上なく快適だ。ふかふかの馬車のソファでくつろいでいると、ジェラルドが少し待ってくれと声をかけてきた。 

 何やら王宮からの伝令でも受けたのか、ジェラルドは兵士と何やら話し合っている。まあ、聖女候補1人を王宮へと招くにしても色々と手続きがいるのだろう。隙をついて部屋から拝借したクッキーを取り出して齧りながら、ジェラルドを待つ。


 ようやくジェラルドが馬車へと乗り込んできた。「馬車を出せ」と言ったジェラルドは、きゅっと唇を結び平静を装っていたが、指先が小刻みに震えていた。

 幼い少年の必死に緊張をひた隠す様子を見て、少し申し訳なく思えてくる。


「第一王子殿下の呪いを解けるかどうかはやってみなくてはわからない」


 夕陽を映す湖を眺めつつ、アリシアはつぶやいた。ジェラルドはいささか驚いた様子で眉を顰めた。


「どういうことだ?」


「呪いにも深度がある。お前を治せたのは呪いが若かったからかもしれない。だが、第一王子殿下が呪いが開花する17歳に近いのなら呪いは成熟しており、身体の内部まで侵食している可能性が高い。そうなれば呪いを消すことは困難になる。だからもし失敗したとしても、私を殺さないでいただきたい」


「失敗したからと、どうして僕が君を殺すことになるのだ?」


「殺すだろう? 君たち人族は、いつだってそうやって同種を殺して生きてきたではないか」


「君の言い方は、まるで別の種族からの視点だね」


 その通りだ。と言いかけたが、説明が面倒だ。


「わかった。失敗したとしても君を殺すことはしないし、何が起きたとしても無事に送り届けるから安心してくれ」


「それを聞けてよかった」


 窓の外を見ると、湖に夕陽が落ちかけていた。ああ、今頃、ミグリアは儀式を終えた後の豪華な夕食を堪能しているのだろう。大神殿でする歓迎会の食事はどんなものなのだろうか。想像だけでも涎が湧き出てくる。


 だがそれよりも前に知りたいことができた。

 呪いをかけたのは、誰なのか。

 呪いには、呪術者の魔気が込められている。魔気は普通の人間には見えぬものだが、聖力がある聖女たちには感じることができる。魔気が流れる道。その道筋を“視”ることさえできれば、その先にいる呪術者、すなわち魔族を見つける手掛かりになるかもしれない。


「ところで、どうして君のような子供が呪いに詳しいんだ?」


 ジェラルドが不審げに尋ねたが、「じゃあ、この世界について大人は全て知っているのか?」と聞き返すと、「そんな質問返し、狡いぞ」と、年相応の子どもらしく頬を膨らませた。


「君を神殿で見た時、特別優秀な聖女には見えなかったのだが、ふしぎだな。今は君が別人のように見えるよ」


 それはそうだろう。と、アリシアは頷く。


「聖女候補生はそのようなことも勉強するのか? それとも君には優秀な先生がついているのか?」


 ジェラルドは、矢継ぎ早に質問を投げかける。 

 アリシアへと興味を抱くのはいいが、少し“饒舌”すぎる。


 ジェラルドの表情にほんの僅かだが緊張が走っている。呪いを解く方法が見つかったのなら、少しは安心してもいいはずなのに。彼の唇は青ざめ、指先は震えている。呼吸もいささか浅く、速い。まるで怯える子羊のようだ。アリシアが呪いを解くことに成功するか心配なのか、それとも別の心配があるのか……。


 窓の外に広がる景色に視線を向けているふりをしつつ、ジェラルドへと耳を澄ました。


「なあ、第一王子の誕生日はいつだ?」  

 

 女王の誕生日は国民全員が把握しているが、それ以外の王族の生誕祭は公式には実地されないものだった。そもそも彼らは雲の上の存在。王族の情報は噂程度のものばかりで、公式に顔を拝めるのは、国の行事である大きな式典の時ぐらいだ。

 

 そのため、アリシアにはジェラルドの誕生日はもちろん、第一王子の誕生日も把握してはいなかった。質問を耳にした途端、まるでジェラルドの心臓がアリシアの手の中にあるかのように、身体をビクっと跳ねさせた。暫しの間を置いた後、アリシアの質問を濁すようにジェラルドは口を開いた。


「今夜0時、兄上は17歳を迎える」

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