第1話 前世の記憶
* * *
かつてこの土地に魔族の国を築いた魔王ファフニール。人族に滅ぼせれた魔王であり最後の魔族。それがアリシアの前世の姿だった。
皮肉にも現世は、魔族を死に追いやった元凶である聖なる力を持つ聖女だなんて、——笑えない。
だが、今は千載一遇のチャンスだ。
だって目の前には、かつて魔王を殺した勇者の末裔どもがいる。
「っち……」
アリシアは聖女候補生たちが身につける白装束の裾をギュッと握りしめ舌打ちする。すると隣に並んでいた同じく聖女候補のミグリアが視線だけをこちらに向けてたしなめるように二、三度瞬きをさせた。こくりと頷いて、前へと視線を戻す。
いけない……。これから聖職者になるものが舌打ちするなどあってはならない。アリシアは動揺を悟られぬように、ゆっくりと視線を周囲へと注いだ。
目の前には大神殿の大神官と大聖女。その奥の玉座に座るのは女王と王配だ。先ほどから何度もあくびを噛み殺しているのは、第二王子。背丈や幼さから見て、アリシアと同い年ぐらいだろう。
彼らは聖女候補生達をまるで景色のように眺めている。毎年、繰り返し参加する儀式なのか緊張感のないたるんだ近衛兵達の様子から見ても、誰もここで殺戮が行われるとは夢にも思っていないはずだ。
目の前にいる少女が、かつて貴様らが殺した魔王だと誰も気づいてはいない。さあ、平和ボケした人間どもよ。覚悟はいいか?
手始めに、この儀式に参加する聖女候補たちを殺すとしよう。自分の力が世界を救うなどと甘い夢を見て、聖女を目指したことを後悔させてやろう。
いや、それよりももっと素晴らしいチャンスが目の前にある。儀式に参加しているのは、この国の女王と王配、そして第二王子。この国の王族は、かつて魔王を殺した勇者と聖女の血を受け継ぐもの達。
——私を殺した人間の末裔。ならば、今まさに私の目の前で儀式を眺めている女帝を殺せば復讐が果たせる。
……いや、だめだ。アリシアはまだ少女。この細腕では、女帝を殺す前に近衛兵に斬られるのがオチだろう。それなら幼き王子の首を掻っ切るほうが確実というもの。そうと決まれば、まずは武器を手に入れなくては。聖杯を受け取ったタイミングで近衛兵の一人に近づき剣を奪う。奪った勢いで王子のそばまで転がっていこう。
……よし。王子の首を掲げ、魔王の復活を叫ぼうではないか。復讐を決意し心臓が高鳴る。手にじんわりと汗が滲む。
「では聖杯を手に取りなさい」
大聖女から受け取った青磁の聖杯に口付ける。ゴクリと喉を通る聖水はほんのりとホワイトリリーの香りがした。盃にあった聖水の一滴まで飲み干す、そして杯を再度、頭上に掲げて大聖女が受け取るのを待った。アリシアの手から大聖女の手へと聖杯が移動する。アリシアの儀式が終わり、誰もが次の聖女候補生へと視線を向けた瞬間、アリシアは最も近くにいる近衛兵に向かい全速力で駆け出した。
近衛兵の剣を抜き取り、踵を返して今度は王族の元へと走る。
狙うは第二王子の首。
プラチナブロンドの髪と獅子の様な金色の瞳が、かつての勇者にそっくりだ。勇者ルドウィックは、私の首を断ち切るとき、誇らしげに口元を緩めて笑った。
幼い王子は目を大きく見開いて、何が起きているのかもわからないのか、じっとこちらを見ていた。王子の柔らかく白い喉元へと剣先を向けて差し込んだ——はずだった。しかし、先ほどまで持っていたはずの剣が、霧のようにふっと消える。
そして目の前には真四角の額縁の中に、
《error message
聖女モード有効中
武器の携帯は出来ません》
という表示が現れた。
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