元魔王ですが、転生したら世界を救うことになりました。
とあ
001 黒霧の話
序章
001 黒霧の話
「私を殺しに来たのか? ……ルドウィック」
魔王ファフニールは、玉座に深く腰掛けたまま静かに告げた。勇者ルドウィック・ペレアスが、護衛の首を切り落としたあと、こちらへと糖蜜色の瞳を向ける。そして勝ち誇ったように口角をぐいっと引き上げてエクボをつくった。ルドウィックのその精悍な顔つきは、太陽に愛される勇者そのものである。
「もちろんだ。魔王ファルニール」
凛と透き通った声色で名を告げる。それが花道かのように玉座に向かい颯爽と歩き出した。途端、魔族の生き残りたちがざっと陣を組み、勇者の行手を阻む。斬りあう斬鉄の音が広い玉座の間にこだまする。
玉座の間に敷かれた錫色の絨毯に瞬く間にいくつもの染みが拡がっていった。勇者の道を塞ぐ屈強な魔族たちが次々と切り捨てられていく。それはまるで勇者が進む道に華を添えるかのように。花道を自らの血で赤く染め、散りゆく彼岸花。彼の足元には夥しい魔族の遺体が転がり、見る間に死屍累々の惨状となった。
勇者ルドウイック・ペレアスは今まで魔王城へと足を踏み入れた勇者とは異なり、智略に長けた者だとは知っていた。
この土地には、土壌に多くの魔気が含まれている。人族には毒とされるそれは、魔族にとっては、超人的な力も永遠ともいえる寿命をも与える命の源であった。
もし魔気の供給源を失えば、魔族は容易く死にいたる。
勇者ルドウイックはそこを突いた。
大聖女ラファエラ・ブルーレンと手を組み、聖女の持つ聖力の
そして勇者ルドウィック・ペレアスは、魔族最後の一人となった魔王ファフニールがいる魔王城へと堂々たる様子で現れたのだ。
「魔王……。
貴様ももう息絶えるものと思っていたが。やはり魔王なのだな」
と口にした刹那。魔王に向かい勇者が猛然と駆け出す。黄金に輝く剣が空を切り裂いた瞬間、まごうことなき突風が吹いた。獅子の立て髪のような髪が靡き、魔王の眼前へと剣が振り下ろされる。今までなら指先、いや手を触れずとも殺せる相手だ。
だがしかし、魔王は立っているだけでも限界だった。憎き聖女のせいであと持って5分、いや1分も経たずして死ぬだろう。
それでも容易く殺されはしない。勇者の剣を鉛色の刃で受け止める。
「魔王……、息をするのも苦しいのだろう?
魔気はこの世から消し去った。だからもう魔族は生きられない。
無駄な抵抗はよして、この俺に斬られろ」
「甘いな……魔気ごときなくても私は死なない」
と、返すと、勇者ルドウィック・ペレアスはそんなまさか? と、驚きを顔に浮かべた。
剣を跳ね返し、勇者の懐へと入り込んで、首筋を狙った。薄皮一枚のところで、舞うように軽やかにかわされてしまった。間髪入れずに次の攻撃を撃ち続ける。勇者はワルツでも踊るかの如く攻撃をかわしていく。なんて柔軟な身体なのだ。関節でも外せるのか? そのしなやかな剣捌きに眼を見張った。
剣の腕が立つだけではない。
魔王の動きを予測している。
攻撃を……見切っているのか?
魔王の焦りに気付いたのかルドウィックは口元に優雅な笑みを浮かべた。
「魔王よ。動揺するのも無理はない。
俺は貴様を研究してきた。
こうして対峙する瞬間のために、来る日も来る日も戦略を練り、攻撃パターンを研究し、腕を磨き、人生の全てを懸けた!」
ぶんと疾風が立ち長剣が振り下ろされた。重い斬鉄。
「ぐっ!!!」
勇者の黄金の刃を辛うじて受け止める。
刃の切先がジリジリと魔王の鼻先へと近づいていく。力負ける魔王にルドウィックは、目尻を下げて楽しげに笑った。
「強がるのはよそう。
もう剣を握ることすら辛いんだろう?」
勇者の切先が近づく。すると何かに気づいたかのように勇者は後ろへと飛び退いた。
「その剣は……まさか!」
驚愕する勇者の視線は鉛色の飾り気のない短剣へと向けられている。その剣は先ほど討たれた同心の懐から奪ったものだ。
魔王は力無く笑った。
「ははっ……。私の魔剣は宝物殿だ。
人族にわれわれの叡智が詰まった魔道具を渡すつもりはない」
魔剣”黒龍帝”は魔王の象徴とも云える剣である。黒龍帝が放つ黒い焔はこの世の全てを煤に変えることができる。魔族最強の魔剣。その魔剣は今、魔族の宝が眠る宝物殿を燃やし続けている。あと半刻も経たずして魔王城の全てを焼き尽くすだろう。
「おのれ……魔王」
歯をぐっと噛み締める勇者は、怒りが達したのか、魔王の右頬へと拳を打ちつけた。思わぬ攻撃を受け意識が飛ぶ。そしてなすすべもなく膝をついて
拳の一撃だけで力尽きるとは。なんて情けない最期だろうか。
全身を巡っていた魔気がとうとう尽きた。
魔族の力が消え、髪が白く染まり、指先が立ち所に枯れ木のように皺が刻まれていく。心臓は、もうすぐ動きを止める。
力無く首を垂れる魔王の両頬をルドウィックがぐっと掴んで引き上げた。獅子の瞳のように金色に輝くそれが魔王の落ち窪んだ眼球を覗き込んでいる。
「魔王ファフニール。
貴様の最期は、この俺がしかと見届けよう」
勇者ルドウィックの声色は深い憐れみが籠っていた。屈辱だ。
魔族よりも弱い人間に憐れだと思われるなど。
この命が終わる瞬間に刻まれる顔が、ルドウィックだなんて。
——許さない。
私の愛する
同胞を殺したお前たちを許さない。
この私を憐れむお前を許さない。
「覚えて……おけ……。
いつか、必ずお前たちの元へと戻り、お前たちの持つ全てを奪ってやる」
嗄れた老婆のような声を喉の奥から絞り出した。
勇者ルドウイック・ペレアス。貴様の名も顔も私の心臓に刻んだ。
たとえどれだけの時間が経とうと、私は魔族を滅ぼしたお前たちを許しはしない。必ず、報復を——
そして、世界が白んで、全てが無になった。
***
「美しき湖と豊穣の土地を持つラフィアン国誕生から三千年を迎えた今日。この素晴らしき日より、王国の聖女になるべく鍛錬を積み、国のために生きることを誓います。
第278代目 聖女候補生代表 メーデル・カーティス」
大神殿のステンドグラス越しに降り注ぐ陽の光を浴びながら、あどけなさの残る声色の聖女候補生の宣誓がこだまする。神殿の主である大聖女アロンソ・マリエラ、大神官のヴァドス、そして王族からは、ラフィアン国の女王と王配、そして第二王子。さらには国を代表する貴族の面々が見守る中、厳かに聖女候補生達の“聖杯の儀”が執り行われていた。
だが、アリシア・カリュー・シュクランテにはこの神聖な空気が滑稽に思えてならなかった。
聖女は、魔気を含む土壌を浄化する力を持つ唯一の存在。
そして人を治す特殊な力を持つ聖女候補生たちは18歳になるまでの6年間を大神殿で過ごした後に、聖女として社会に貢献することとなる。聖女宣誓式の聖杯の儀は、彼女たちの未来への希望を象徴する厳粛な瞬間である。
聖女候補生の1人であるアリシアも聖女としての一歩を歩むはずだった。
だが、思い出してしまったのだ。
静かに儀式を眺める第二王子ジェラルド・グラム・ペレアスの顔を見た途端、失われたはずの前世の記憶が蘇ってきた。私を殺した勇者ルドウィック・ペレアス。あの男と同じ全てを見透かす獅子のような黄金の瞳が、”私”を過去へと呼び戻した。
——そう。
アリシアは、
かつて、この国を滅ぼした魔王ファフニールであった。
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