君の心の音がうるさすぎる。そして消えていく。

びゃわ。

第1話 出会い

第一章 出会い 1


「なあ、志波」

「何かしら?」


 二人だけの静かな教室。

 本を読んでいた志波という少女に、少年はぽつりと声を掛けた。


「お前の中で友達の定義って何だと思う?」


 志波は本を閉じると、視線を少年へと移した。


 その瞳には、わずかな驚きと静かな興味が混じっていた。


「珍しいわね。あなたの口からそんな疑問が出てくるなんて」

「早く部活を終わらせたいんだよ。それで、お前はどう思うんだ?」

「……そうね」


 志波はしばらく考え込み、そして淡く答える。


「何でも心から思ったことを話せる相手……じゃないかしら?」


 その答えを聞いた少年は、納得いかないというように首を傾げ、さらなる疑問を投げかけた。


「それって親友じゃないか?」


 自分の意見が否定されたことに志波は思わず『ムスッ』とした表情を浮かべた。


「……なら、何でもではないけれど、よく話す人かしら?」

「じゃあ、オレとお前は友達なのか?」


 その一言で、志波の顔には不快感が現れた。


「やめてくれる? あなたに友達と言われると鳥肌が立つのだけど」

「……酷い言い方だな」

「あなたが突然変なことを言い出すからでしょ」

「オレは部活のために真面目に聞いてるだけなんだけどな」

「それならまずはテーマ選びから見直した方がいいんじゃないかしら?」

「こんなに話したのに今さら変えるのか?」

「まだ一分も話していないわ」


 教室の中には二人の淡々としたやり取りだけが響き渡る。


「じゃあ、お前は他にいいテーマでもあるのか?」

「ないわね!」

「だったら、この一分を無駄にしないためにも、オレは議論を続けるべきだと思うけどな」


 少年の反論に志波は思わずため息を漏らした。


「普段やる気のないあなたが、どうして今日はそんなに活動的なのかしら?」

「……今日は嫌な予感がするんだよ」

「嫌な予感?」

「ああ、今日は転校生が来ただろ?」

「ええ、確か……桐生さんだったわね」

「そいつを紹介したときの鳥羽先生から——音が聞こえたんだ」

「音?」

「ああ、……先生がしゃべった瞬間、空気がじんわり滲んでくるような、濡れた布を絞るときの『ジワ……』って音が耳に広がった」


 少年だけに聞こえる、表情の裏に潜んでいるノイズのような感情。

 それが彼の中では音になる。


「またあなたの変な体質で分かったの?」

「まだ何かは分からないがな……早く終わらせて帰ったほうが安全だろ?」

「まあ、面倒なことが起こるくらいなら、その意見には賛成ね」

「よし。じゃあ早く友達の定義に話を戻そう」


 しかし、二人がそう決めた瞬間——

 部屋の扉がドンッ、と鈍い音を立てて開かれた。


「お前たち、しっかり活動は行っているか?」

「鳥羽先生……、部屋に入るときはノックくらいしてください」


 志波が呆れたように、現れた女性にそう告げる。


「ここは私の部屋だ。自分の部屋に入るとき、わざわざ扉を叩く奴はいないだろう?」


 鳥羽先生は当たり前のように中へ入り、そのまま部屋の隅においてあるソファへと腰を下ろした。

 白衣のポケットには何本もの使い古されたペンが雑然と突っ込まれており、無造作に乱れた髪が、彼女の自由奔放な性格を物語っている。


 もともとこの部屋は、鳥羽先生が授業で使う資料や機材を保管していた物置だった。

 しかし、今は部室兼活動場所としても使われており、ソファやテレビなど、彼女の私物がそのままの状態で放置されているため、ここで活動を行う二人も自由に使わせてもらっている。


「ちなみに今日は何を考えているんだ?」

「友達の定義です」

「いいテーマじゃないか。どっちが考えたんだ?」

「……オレです」

「水谷、お前も成長したじゃないか。自分から友達を作りたいだなんて」

「別に作りたいとは言っていないです。ただ、友達の定義って何だろうなって考えていただけです」

「そう否定することはないだろう。友達に興味を持つのは良いことだ」


 鳥羽先生はうんうんと感心するように頷いた。

 しかし——

 その瞬間、耳の奥に『ジワァ……』と、またあのノイズのような音が広がった。

 水谷には分かっていた。

 これは、相手が何かを企んでいるときに聞こえる音だ。


「もう結論は出たのか?」

「まだです。……友達のいないオレたちには、少し難易度が高かったのかもしれないです」

「まあそうだろうな。だから私が新たな友達候補を連れてきてやった」


 水谷と志波は思わず目を合わせる。

——やはり、嫌な予感は的中していた。


「入って来い」


 鳥羽先生の合図とともに、再び教室の扉がゆっくりと開かれた。

 そして外からは一人の少女がこちらへと顔を覗かせる。


「お前たちも知っていると思うが、今日からこの学校に転校してきた『桐生鞠』だ。よろしく頼む」


少女は少し緊張した様子で、それでもはっきりとした声で告げた。


「よろしくお願いします」

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