『星屑の狭間で』(対話・交流・対戦編)

トーマス・ライカー

第1話 天才艦長からの誘い

…3月26日(木)…16:50…


 終業のチャイムが流れる。


 終業時刻に合わせて業務を切上げて締め括り、着地させるタイミングを読み間違った…しょうがない…6分ぐらい掛かるかな…


 同僚達が私を見遣って笑いながらフロアを後にしていく。


「…はいはい、笑えばいいよ…たまにはあるんだよ、こう言う事も…」


「…下で待ってますから…」


 そう言いながら、スコット・グラハムは右手を挙げて出て行った。


 リサ・ミルズ、マーリー・マトリン、アンヴローズ・ターリントン、ズライ・エナオらが手伝いた気な雰囲気でデスクの回りに来た。


「…ああ、もう終わるから大丈夫。ありがとう…ラウンジで待ってて? 」


 そう応えると笑顔で会釈して出て行く。


 6分30秒くらいのサービスで席を立つ…同時に着信音が鳴った…観ると、会社のガード・センターからだ。


「…はい、アドル・エルク…」


「…こちらはガード・センターですが、お忙しいところをすみません…」


「…大丈夫ですよ。何かありましたか?」


「…はい、外線でブラッドフォード・アレンバーグと言う人から、アドル係長を指名してのコールが入っていますが、お繋ぎしましょうか? 」


「…分かりました。この端末に繋いで下さい…」


「…承知しました。切り替えます…」


「…はい、アドル・エルク…」


「…よう、アドル…暫くだな、俺だよ…判るか? 」


「…おう、ブラッド…暫くだな…いつ掛けてくるかと思ってたぞ…」


 そう応えながらバッグを携えて歩き出す。


「…今話しても大丈夫か? 」


「…ああ、好いよ…仕事はちょうど終わった…それで? どうした? 」


 フロアから出て廊下を歩く。


「…奢って貰おうと思ってな…都合はどうだ?」


「…今からか? 別に構わんが…」


「…悪いな…迎えの者をるから、一緒に来てくれ…場所はそいつが知ってる…」


 聴きながらリフトに乗る。


「…分かった…ガード・ステーションで、俺への来客だと伝えてくれ…俺は1階ラウンジの喫煙スペースで待ってるから…」


「…分かった…じゃあな…」


 通話を終えて、ラウンジに入る。


「…何かありましたか? 」


 スコットは勘が鋭い。


「…ある男から、通話が入った…誰だと思う? 」


 カウンターでコーヒーを注いで同じテーブルに着き、灰皿を引き寄せる。


「…『同盟』の…艦長ですか? 」


 リサがロシアンティーにアプリコットジャムを山盛りで入れる。


「…いや…ブラッドフォード・アレンバーグ艦長からだったよ…」


 ブラッドフォード・アレンバーグ…軽巡宙艦『ラムール・ハムール』の艦長だ。


 この艦は、ファースト・ゲームのチャレンジ・ミッションを6th・ステージまでクリアした、6隻の軽巡宙艦の内の1隻だ。


 彼は、セカンド・ゲームでの大乱戦が始まる前に接触してきた。


 目的は大乱戦に紛れての草刈りだ。


 だが交信して話している間に…お互いこのゲームに参加する以前に参加していた、3Dバーチャル体感サバイバル・ゲーム『サンドラス・ガーデン』に於いて、10数回絡んで10回は戦った相手だと思い出し…それからは気軽な話し相手になっている。


 セカンド・ゲームの大乱戦では『ラムール・ハムール』にも、だいぶ助けて貰った。


「…どんな用件でした? 」


 アンバーがそう訊いて、ミルクティーのカップを置く。


「…奢ってくれとさ…まあ、それだけじゃないんだろうがね…」


 プレミアム・シガレットを咥えて火を点ける…コーヒーを一口飲み、一服を吸って蒸かして燻らせる。


「…何処で呑むんです? 」


 スコットだ…訊いてコーヒーを一口飲んだ。


「…分からない…迎えを寄越すと言ってたな…」


 リサが顔を上げる。


「…多分、迎えに来るのはマリーナ・シェルトン副長です…アレンバーグ艦長以外でアドルさんの顔を観たのは、彼女だけですから…」


「…まあ、別に…誰でもいいけどね…リサさんも来る? 」


「…私もご一緒して構いませんか? 」


「…うん…まだ…どんな話かも判らないからね…リサさん、ここまでの事をシエナ副長とハル参謀とフィオナ保安部長に一報としてメッセージして? 場所が判ったら、場所だけを知らせて? 」


「…分かりました…」


 コーヒーを二口飲んで、もう一服燻らせる。


「…先輩はその人と結構気楽に話してたって聞きましたけど? 」


 スコットもコーヒーを二口飲んでから訊いた。


「…別に仲が良いって訳じゃないが…それなりに付き合ってきて、お互い気心は知れてる…そんなに無茶な事は言わないだろうし、セカンド・ゲームでは手伝って貰ったからお礼も言いたいしね…」


「…そうですか…ここに来るんですか? 」


「…そう言ってたね…好い機会だから、君達を紹介するよ…もう少し広いテーブルに移ろうか? 」


 そう言って、隣りの広いテーブルに皆で移り着く…それから5分…皆がお茶を飲み終わり、私がシガレットを喫い終わった頃合いで、ガードマンが2人の女性を連れて来た。


「…お疲れ様です。アドル係長…こちらの方々が係長とお約束があると言う事で見えられましたので、お連れしました…」


 直ぐに立ち上がって迎える…他の皆も立ち上がった。


 私を訪ねて来たのは2人の女性だったが、内の1人は『ラムール・ハムール』との映像交信の際にも、ビューワ越しに顔を合わせた…マリーナ・シェルトン副長だ。


 2人ともロングヘアを後ろでまとめて垂らし、ピッタリサイズのスリーピース・スーツでキメている…正に男装の麗人だ。


「…こんにちは…ようこそおいで頂きました…わざわざ来社して下さいまして、ありがとうございます…直にお会いするのは初めてですね、マリーナ・シェルトンさん。初めまして。アドル・エルクです…これから宜しくお願いします…先ずどうぞ、お座り下さい…ちょうど終業した処で、お茶を頂きながら休んでいました…どうぞ、何でも注文して下さい…」


 ちょうどウェイターが来たので、シェルトンさんはコーヒーを…もう1人はレモンティーと告げた。


「…紹介しましょう…こちらは、リサ・ミルズさん…弊社役員会によって選抜され、就いて下さった私の専任秘書です…隣がスコット・グラハム君…同じフロアで働いてくれている同僚で後輩ですが、弊社が独自にゲーム大会に参加しました軽巡宙艦『ロイヤル・ロード・クライトン』のメイン・パイロットでもあります…」


 もう1人の女性が反応して、スコットの顔を観た…やはりそうか。


「…失礼ですが…レベッカ・スロールさんでいらっしゃいますか? 」


「…これは申し遅れまして、失礼致しました…『ラムール・ハムール』にて、メイン・パイロットに就いております…レベッカ・スロールです…どうぞ、宜しくお願い致します…」


 立ち上がり頭を下げたので、私も立ち上がって会釈し、握手を交わした…マリーナ・シェルトン女史も立ち上がったので、彼女とも握手を交わした…2人とも温かくて柔らかい右手だった…その場にいる全員がお互いに握手を交わし合った。


「…続けましょう…こちらはマーリー・マトリン嬢…同僚の女性社員ですが、彼女は非公式ながら…【『ディファイアント』共闘同盟】に於ける、スポークス・インフルエンサーです…更にこちらは、アンヴローズ・ターリントン女史と、ズライ・エナオ女史でして…共にとても優秀な同僚です…」


「…ご丁寧にありがとうございます…改めまして、『ラムール・ハムール』の副長…マリーナ・シェルトンと、メイン・パイロット…レベッカ・スロールです…宜しくお願いします…」


「…わざわざおふたりに、迎えに来て頂きまして恐縮です…お誘いには従って、何処へでも参りますが…こちらのリサさんも秘書として同行します。更に、場所が判明しましたなら…『ディファイアント』の副長と保安部長とメイン・パイロットと参謀も呼び寄せます…宜しいでしょうか? 」


「…委細は承知致しました…了承させて頂きます…」


「…ありがとうございます…ときに、車でおいでですか? 」


「…はい…」


「…そうですか…ちょっと恥ずかしいんですが…今の私の移動手段が会社から就けられました、運転手付きの社用車なんですね…ですので、おふたりには私達と一緒に同乗して頂いて…車は自動追尾にセットして付いて来て貰う、と言う事でお願いします…」


「…分かりました…それでお任せします…」


 それから10分程過ごして立ち上がった。


 リサを除いた同僚達に別れを告げ、運転手さんにおふたりを紹介して事情を説明する。


 私が社用車と言っていたので、黒の大型リムジンには驚いたようだ。


 マリーナさんが運転手さんに行き先について書かれたメモを渡した。


 すると運転手のパーカッド・アーメイさんが、私の傍まで来て言った。


「…アドルさん…ここって超高級クラブですよ…何人で入るのか知りませんが、ものすごく高いですよ…」


「…そうなんですか? でも高級クラブって、紹介されないと入れないんですよね? まあ、問題は無いんでしょう…料金ですか…リサさん、ビット・カードをリチャージしようか? 」


「…大丈夫でしょう…ビット・ロッドもありますし、そんなに高いお酒を降したりしなければ払える筈です…」


「…分かった…」


 運転手さんと一緒に自動追尾セットを行い、綺麗なネルを貰って手指を丁寧に拭いてから乗り込む。


 いつもながらスムーズで優しく…柔らかく丁寧な発車と走行…彼の運転には、全幅の信頼を寄せざるを得ない。


「…アドルさんは、御社では確か…」


 マリーナさんが私の顔を観ながら訊く。


「…ええ、係長です…が、来月には課長に昇進すると言う事で…内示は貰っています…」


「…おめでとうございます…」


「…ありがとうございます…」


「…でも…アドル艦長が専任の秘書さんに支えられて…運転手さん付きの豪華リムジンを、専用車にされているとは思いませんでした…」


「…私がここまで来れたのは、秘書として就いてくれたリサさんのおかげです…彼女が就いてくれなかったら、とっくの昔に潰れています…日曜日の入港が遅いせいで翌月曜日が辛くてね…社用車を専用に就けて欲しいとは要望したんですが…まさかリムジンになるとは私も思いませんでした…実はマリーナさん、それだけじゃないんです…既に私の月曜日は総て特別功労休暇と設定されまして、会社での業務は免除…と言う事になりました…もう私の主業務は艦長としての業務である、と言う事で…シフトしつつあります…」


「…何と申し上げれば良いものか…分かりません…」


「…そうですね…レベッカさん…私自身もどう感じて、どう捉えれば良いものかと思う時があります……ブラッドフォード艦長は、私にどんな話があると? 」


「…さあ…私達には言いませんでした…ただ、迎えに行ってくれと言われただけで…」


「…もっと自分のスタッフ・クルーを信頼して、何でも話せと言ったんですがね…でもおふたりとも…まだ緊張されているせいか、普通に観えますね…『サンドラス・ガーデン』での彼は、部下や仲間に曲者を集めるのが得意でしたので…もっと個性的な特徴をお持ちなのだろうとの先入観がありました…」


「…勿論、緊張はしています…アドル・エルクさんと初めて直にお話していますから…人見知りする…と言う程でもありませんが…馴れなければなかなか、素は出ないものです…」


「…まあ、そうでしょうね…」


 その後は時折言葉を交わす程度で過ごし…繁華街に入ったかと思ったら、とある立体駐車場に入った。


「…リサさん、皆にメッセージは?」


「…もう送信しました…」


「…分かった。ありがとう…」


「…ここで降ります…お店はこの立体駐車場の右隣です…運転手の方は、お店の向かいの飲食店でお待ち下さい…では、ご案内します…」


 マリーナさんとレベッカさんに先導され、立体駐車場から外に出てそのまま隣接する高級クラブ『サマルカンド』の出入り口前に立つ。


 彼女達が先に店内に入って5分…黒スーツの青年が出て来て促されたので、私達も入った。


 促されるままに狭い階段を登って2階に上がり、並んで座る4人の男性の両側に2人のホステスさんが座っている、大テーブルまで案内されて…座るように促された。


 4人の男性は、お互いに見知っている。


 1人は勿論『ラムール・ハムール』のブラッドフォード・アレンバーグ艦長。


 他の3人も、あの大乱戦終結後に知り合った。


 『オーギュスト・アストリュック』のシャルル・ウォルフ艦長。


 『フェリックス・ラトゥーシュ』のジョルジュ・ライエ艦長。


 そして『グラード・サマルカンド』のエドワード・ピッカリング艦長だ。


 対面に座った私の右隣にリサが座り、私の左隣にマリーナ・シェルトン副長が…リサの右隣にレベッカ・スロールさんが座った。


「…よお、アドル…仕事が終わったばかりなのに、よく来てくれたな…奢ってくれるって話だったから、一席設けたぜ…」


「…ブラッド…勿論、奢るつもりでは来たけどな…まさかこれ程の場所で、これ程のメンバーだとは思わなかったよ…正直、支払いに不安があるんでね…あんまり高い酒は卸すなよ…」


「…心配するなって…お前ひとりに奢らせようなんてのは、半分冗談さ…正直、こちらから観るなら…名だたるアドル・エルク主宰をお迎えしての、接待のつもりでもある…これ程の場所で、これ程のメンバーでもなければ…持ち掛けられない話でもあるしな…まあ、先ずは取り敢えず…乾杯して寛ごう…呑みたいものを頼んでくれ…おっと、その前にそちらのお嬢さんを紹介してくれよ…」


「…皆様、こんばんは。初めまして。弊社役員会により選抜されまして、アドル・エルク氏の専任秘書として就きました。リサ・ミルズと申します。どうぞ、宜しくお願い致します…」


 ほお…と、声が挙がる。


「…これは失礼。初めまして、ブラッドフォード・アレンバーグです…宜しくお願いします…」


「…同じく、シャルル・ウォルフです。初めまして…」


「…同じく、ジョルジュ・ライエです。宜しく…」


「…エドワード・ピッカリングです。宜しくお願いします…」


「…スコッチ・モルトとおつまみのメニューを見せて下さい…」


 ホステスさんのひとりに頼んだ。


「…かしこまりました…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る