異世界道中

 雲ひとつない空だった。道中は日差しのせいで暑くならないか心配だったが、この世界は春らしく、比較的過ごしやすかった。

 柊は、“冒険者“ である双子 “レスア“ と “エタナ” に近くの村まで案内してもらうことになった。近くといっても一日半は歩かないといけないらしい。先ほど比較的過ごしやすいとはいったが、それは “正常な生活を送る人“ の話であって、元々引きこもりの柊には半日歩くのも厳しいのであった。


 「どうやってあの丘まで行ったの……あなた」


 柊の体力は、それほどひどかった。


 「まあまあ、エタナ」


 嗜めるのは、彼女の兄であるレスアだ。レスアは柊をおぶって歩いている。レスアの背中の剣はエタナが持って歩いていた。

 丘を登る時もそうだったが、エタナは大きな杖を持っている。エタナよりも柊の方が大きく、エタナの杖は柊よりも大きい。そんな杖とプラスしてレスアの剣を持っているのだから、さぞかし重いだろうに。


 エタナは顔色ひとつ変えずに二つの武器を抱えて歩いていた。柊は自分と冒険者の体力は天と地ほどの差があると知ったのだった。


 「そういえば名前をお聞きしていませんでしたね」


 レスアが背中の柊に問いかけた。

 あまりに突然のことに柊は驚くも、冷静になって名前について考えだした。

 まず、“柊“といって通じるのかわからない。かといって、即席の名前を考えられるほどネーミングセンスに自信がない。ここは一か八か本名を言って見るしかないのだった。


 「私、柊って言って」


 「シュウ?珍しい名前ですね」


 柊の思った通りの答えが返ってきた。やっぱり異世界にとっては珍しい名前なのか。実際は、元々いた世界でも割と珍しい方だったが。


 「でも、とっても素敵な名前ですね!」


 柊はレスアの言葉に目を丸くした。顔こそ見えなかったが、レスアの声は関心に満ちていて嘘には思えない。エタナも小さくだが、頷いてくれたのが見えた。

 柊は2人の姿を交互に見た。この双子は、自分を気遣ったりせずに本心から褒めてくれたようだった。柊はこの時初めて2人のことを知った気持ちになり、安心してレスアに身を任せたのだった。



 「珍しいといえば服装もだよね……」


 ふとエタナが言った。レスアも「そうだねぇ」と同意。それもそのはずで柊が身につけていたのは制服だったからだ。

 転生した時は、周りの風景ばかりに興味を持っていた。なので自分が制服を身につけていると気付いたのは木陰を出てからだったのだ


 (なんで制服なんか……)


 引きこもっていた柊が学校に行くことがなくなり、もう袖を通すこともないだろうと思っていたのに。柊はそれを見て拒絶感と嫌悪感でいっぱいになる。

  

 (こんなの、もう着たくなかったのに……)


 柊は、目を伏せた。過去の記憶がじわじわと滲み出す。どうして異世界でまで、こうも過去を思い出さなきゃいけないのか。

 できれば避けたい話題ではあるが、2人に悪気はないのである。柊は静かに耐える選択をした。


 「見たこともないし……。それにシュウちゃんはどこからきたの?」


 一番恐れていた話題をレスアが切り出した。柊はレスアが敬語をやめたことに嬉しさを覚えつつも、焦り始めた。異世界なんて言っても信じないだろうし、何より「異世界出身です。」なんていうことは何かのルールに反する気がした。なんのルールか知らないが。

 焦りながらも、必死に頭を働かせていた。


 「兄様、あまり深掘りは……」


 エタナが、兄を静止してくれた。柊の焦りを知ってか知らぬか、エタナの出したフォローは最高のものだった。エタナ、ナイス!


 「あ、そうかごめんね!」


 危機は間一髪で逃れたようである。


 

 

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