第一章 五話 前日譚を起稿しよう
「ようは君、死んだんだよ」
「……え」
酷く掠れた声が、柊の口から漏れた。
あまりに喋っていなかったせいか、声が消失してしまった。現実味のないことが続いて認知しづらい。頭がクラクラする。
「さすがに一気に喋りすぎたか……」
アポロンはため息をついた。眉間を押さえて考え込む神。柊の方はあまりの状況に声も思考能力も働かなくなっている。見ている景色が、夢のようにぼやけて見える。
「よし!!」
アポロンは思いついたように柊をみた。何もないところから小瓶を生み出し無言で柊に差し出す。景色が現実に引き戻され、目を白黒させた。
柊たちの間には少々気まずい沈黙が続く。
「おい。何してるんだ柊ちゃん。」
「え…何が…」
アポロンの全く意図のわからない行動に余計に困惑する。アポロンの方も何故こんなにも意図が伝わらないのかわからない様子。
柊としてはアポロンの方から何か言って欲しかったが。
再びため息をついてさらに小瓶を柊に向けると言った。
「いいから早く受け取らないか」
「これを……?」
異常に小瓶を差し出される。小瓶の中には淡い紫色の液体が入っていた。いくらパステルカラーとはいえ、紫色の液体は毒を連想させる。これを飲めと言うことなのか……。っと柊はアポロンに目配せする
「なんだ話が早いじゃないか」
……だからと言って受け取る気にはならない。そもそも柊は飲食する気分ではない。本当に死んだのであればこのまま永遠に寝かせて欲しかったのだが。
アポロンは頭を掻きむしった。せっかちなのか、沸点が子供並みに低いのか、どちらにしろかなり不機嫌なことに変わりはないようだ。柊は下唇を噛んだが、結局断れるほどの強固な意志はなかった。
恐る恐る手を伸ばすと、アポロンに逆に手を掴まれその手のひらに小瓶を押し付けられる。
「そら、飲んだ飲んだ」
アポロンにせり立てられ、小瓶のコルクをきゅっと抜いた。柊は小刻みに震える手で小瓶を口に運んだ。
小瓶は予想をいい意味で裏切った。味はラベンダーティー。色に見合った味だ。柊は警戒しすぎていた自分を咎めた。もっとも何もかも受け入れられない心理状態ではあったが。
「それは僕の世界の経口薬だよ。確かラベンダーとか入っていたか
な。リラックス効果もあるし、今の柊ちゃんにはちょうどいいで
しょ」
驚いた。この神もそこそこの気遣いをしてくれていたようだ。柊は確かに少々落ち着いてくるのを感じた。
「まあ、気休めでしかないんだけどね〜パパッと心理状態が良くな
るものなんてヤクくらいしかないしさあ〜」
アポロンは頭の後ろで腕を組んだ。自信がある証拠だ。まるで「さすが僕気遣いできるわぁ〜」と言わんばかりだ。
「変に混乱されるよりは落ち着かせたほうが楽だしね〜」
アポロンが、自称できる神として話している間に柊は小瓶の中身をすでに飲み干していた。コルクを閉じて懐にしまう。柊は目の前の青年を見た。子供っぽい仕草の美青年は、金髪の上に飾られた月桂樹の冠を揺らして笑っている。
「ありがとう……ございます」
柊はアポロンに言った。さっきまでの掠れた声とは打って変わって、小さくも通る声だった。太陽神は満足そうにフンと鼻を鳴らした。
「なんで敬語なんだい?」
ニコニコとアポロンは笑い、気をよくしたのか今度は自分と柊の椅子を用意した。向かい合って座れるように置かれた椅子に腰掛ける。柊も戸惑いながら席についた。まだ暗い気持ちが晴れたわけではないが、さっきよりかは幾分かましになっていた。
「さぁて、事のあらましをお話ししてあげようか」
アポロンは肘掛けに頬杖をついて説明し始める。
あの時家から飛び出した柊は、家からかなり離れた住宅地のあたりで地震による塀の崩壊によって命を落とした。打ちどころが悪くほとんど即死だったらしい。裸足で出てきたことも、久々に走ったこともあって足の裏は傷だらけ、膝をなん度も擦りむいている。
怪我したことにも気づかずに走っていたなんて、柊はどれだけ必死だったのだろうか。
「それで亡くなった後、ここ“
で行き着いたんだよ」
柊は空を見上げた。太陽の位置は柊がきた時から変わっていない。太陽神らしい神域だ。神域を持っていると言うことも含めてこのアポロンは実際の神で、ちゃんと実体として柊の前に現れているのだ。
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