第4話

あの日。

帝に出会った日。

あの時。

自殺と聞いた時。


遥か昔みたいな、ついさっきみたいな過去がつきつけられたような。

現実逃避をやめさせられたような。

この世界がどうしようもなく憂鬱だと認識させられたような感情が戻ってきたの。



◇◆◇◆



私にはがいた。


キャッキャと笑って、たくさん遊びに行って、時にはバナだってして、心から信頼し合える親友が。


部屋の机のずっとずっと丁寧にしまってあった、貝殻の閉じ込められたブレスレットをそっと手に取る。

日光にかざすと、レジンに包まれた貝殻とともに、いくつか連なったシーグラスも部屋を明るく照らした。




中学三年生の夏休みに海に出かけた私と椎奈しいなは、お揃いのビーチサンダルを履いて、覚えきれないほどいっぱい話をして、砂浜を歩いて海水を掛け合って笑った。

黄色のりぼんのついた麦わら帽子を被り直した彼女は、私にシーグラスのブレスレットを見せる。


「はい、どぞ」

「えっ、ありがと!これいつ作った?」

「さっき來未がトイレ行ってたでしょ?その時に持ってきた道具で穴開けてさ」

「はやっ。すご。あのさ、せっかくだから貝殻もつけていい?」

「いいねぇ。どうせならレジンでキーホルダー風に家に帰ったら作るか。あ、お揃いにする?」

「もちろん!……これなんかどう?」


私が拾い上げた二つの貝殻が、やがて二つのブレスレットのレジンへ仕舞われた。

そんな青春アオハルをしていた。お互いが大好きだった。



───なのに。なのにどうして気付けなかったのだろう。どうして気づかなかったのだろう。


『異世界に行ってきます』


中学の屋上から、椎奈は飛んでいってしまった。

落ちてなんていない。

椎奈は飛び立ったの。


イジメで毎日泣いてしまって。

この世が面倒くさくなっちゃって。

異世界で私を待ってくれてるんだよ。

たとえそうじゃないにしても、私は会いに行って、謝って、ありがとうって言って───。


椎奈、気づかなくて、ごめん。

助けられなくて、ごめん。

いつも笑顔でいてくれて、元気をくれてありがとう。


そして───。



◇◆◇◆



『今日、中央公園にこれる?』


初めて、帝から連絡が来た。

静かな部屋で一人、口角を上げる。

帝は私を気に掛けてくれているんだな。

でも今の私は憔悴し切って、目も腫れてるしろくにご飯も食べてないし、見せられるような姿じゃないと思う。


『ごめん』『今日睡魔がやばくて笑』


先輩だとしても誰かに心配なんてかけたくない。

この間自殺をしようとしてた人なら、尚更だ。


『どうしても言いたいことがあって。できればすぐにでも話したい』


その文を読んで、私はポッと顔を赤くする。

まるで告白みたいな呼び出しメールじゃん。女たらしめ。

布団の中で姿勢を変えて返信を打った。


『じゃあ電話でもいい?』

『分かった』


そしてすぐに電話の着信音が鳴ったので応答ボタンを押して耳にスマホをあてた。

自分から提案したけど、緊張するなあ。


「もしもし?」

『……來未?おはよう』


夕方3時だけれど今起きた私にとってはモーニングコールだ。


「おはよ。3時だけど」

『僕今起きたから』

「私も」


少し笑いが起きたあと、なんとも言えない沈黙が流れる。

こういう時に喋れないのは、やっぱり陰キャ同士だからかもしれない。ま、今の私は陽キャ気分なんだけど。


「ね。今ってさ、学校の時間じゃん?」

『うん』

「なのに私に連絡してきたってことは、私が学校休んでるの知ってるんだよね」

『……まあ、勘だったんだけど』

「勘?」

『僕も学校休んでるから、これから休みそうだなーって、この前学校忍び込んだ時に思った』


もしかしたら、この前、私に同士感を抱いたのかもしれない。

なんでもお見通しだなぁ。

どうしてか、帝に全てを話したくなった。


「……そう。あのね、私───」

『ストップ』

「え?」


思わぬところで止められて私は目を見開いた。


───『どっか行こう』


まるで夢見たいな問いかけだった。

想いが引き起こした現実かもしれない。

どっか。

ああ、もうダメだ。

甘すぎる誘惑で。

私を攫って欲しい、なんていう欲望に駆られてしまう。


「もちろん」

『行きたい場所、ある?』


遊園地とか、水族館もいいな。動物園も楽しそう。

いっそのこと、高校を抜け出して、誰も辿り着けないような場所へとか。

想像しているだけでなんだか、すごく楽しい。

お腹の奥から熱さが込み上げてきて、沸騰するように全身へ巡る興奮。

……まあ、考える前から行きたい場所は決まっていた。

帝が提案してくれる前にすでに決まっていた。


もう一度行かなきゃいけない。


昔の私にけじめをつけるために。

今の私を受け入れる準備をするために。


「海、行こう」


そっとブレスレットを握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る