俺はお前の運命なんだろ?

青葉える

俺はお前の運命なんだろ?

 俺はいわゆる「クラスの一軍」に属してるけど、その中では最下位。悲しいかな自分でも、みんなに引っ付いてなんとか存在してるコバンザメだってわかってる。一軍仲間の話題は流行のブランドとか人気の動画配信者とかで、本当はアニメが好きな俺は「へー」とか「すごい」とか相槌ばかり打っている。 

 一軍のトップである三崎は誰がどう見てもイケメンで、華やかな人間。誰にでも優しく学年の人気者だが、俺にだけはあたりが強い。他の仲間たちが売店に行っていたり移動教室だったりで二人になったとき、よく笑いながら「お前みたいな地味なやつが俺らと一緒にいられるんだから、出席番号が俺の前だった運命に感謝しろよ」とか「俺が学校休んだら、誰も間宮のことなんて相手にしないんじゃない?」とか耳打ちしてくる。そう言う三崎はまるで俺の命を握っているかのように、恐ろしく綺麗な、満足げな顔をしているのだ。入学式で席が前後だったとき、この人は確実に一軍になると飛びついた自分の愚かさたるや。コバンザメとして必死に生きる生活と、三崎の精神を抉ってくる振舞いにもほとほと疲れてきている。しかし中学時代に散々一軍のやつらに陰キャだヒョロガリだと笑われたのを思い出すと、どうしてもここにしがみつきたいという情けない欲が出てきてしまう。だから俺は、三崎の酷い言葉に「運命だよな。感謝してる」とか「三崎がいてくれて良かったよ」とへらへら笑うことしか出来ないのだ。それに、三崎がグループの端っこにいる俺に「間宮はどう?」とか「間宮が食ってるお菓子うまそ」とか声を掛けてくれるのは事実なので、確かに三崎がいなくなったら他のみんなが俺を放置する可能性は十分にある。三崎が、俺のことを手の平で転がせる玩具だと思っていてもおかしくはないのだ。

 

 そんなある日、本当に三崎が風邪で三日間学校を欠席した。恐る恐るみんなの輪の中にいたら、なんと話題が今期のアニメの話になり、オタクがバレたら死ぬと思って一言も発さないでいたが、茶髪で腰パンの翔太が真剣なアニメ視聴者じゃないとわからないことを語り出したので、思わず「俺もそれ見てる」と言ってしまった。そこから翔太もオタクだったとわかり、三日間ですっかり意気投合した。俺は嬉しくて、三崎が久しぶりに登校した日でも、挨拶もそこそこに翔太とアニメの話や今日の授業の話をしていた。

 その日の昼休み、三崎に売店に誘われた。俺は放課後に翔太と出かける約束をしており、それが楽しみで浮ついていた。だから売店に行く道すがら、人がいない昇降口の陰で壁に叩きつけられ胸倉を掴まれたとき、何が起きたかわからなかった。大きな目で睨まれ形の良い唇が歪んでいるのを眼前で見ると、息が詰まって血の気が引いた。

「随分ニコニコしてんじゃん。え、俺が居なくても楽しかったっての。間宮のくせに」

 普段より一オクターブ低い声で言われる。

「しかも翔太と出かけるってなに。俺がこんなにお前がはぐれないようにしてやってんのに、俺を誘ってくることもしないまま? マジでないわ。断れよ、翔太との約束。先に俺にクレープでもおごんのが礼儀だろ」

 睨まれたまま、しばしの沈黙。本当はちびりそうだったが、俺は震えながら口を開いた。

「三崎とは、明日……。今日は……翔太と遊ぶよ」

 すると三崎は噛みつかんばかりに顔を寄せてきた。怒りが可視化されそうなほど眼球から溢れ出ている。

「おい、間宮、お前がどうして楽しく高校生活送れてるかわかってるか? 俺が見放さないでやってるからだろ? 俺が声かけたらお前、すげー嬉しそうにするだろ、それに俺が飽きないでいてやってるからだろ? なのに何なんだよ、お前の方が俺に飽きたみたいな態度取りやがって。マジで断らねえの?」

 俺はもう足の力が抜けてしまって、どうにか立っている状態だった。断ると言えばラクになると思いかけたが、せっかく気の許せる友だちが出来そうなチャンスを逃したくなくて、小さく首を横に振った。

「ふうん」と言うと三崎はにやりと笑った。

「ま、いいや。俺がどうしてもついてきてほしい用事があるって言ったら、翔太はこっちに来てくれるだろうから。そんで、言ったよな、明日遊ぶからな」

 ゾッとした。今までも二人きりのときに俺を孤独にしてきた三崎が、今度は俺を孤立させようとしている。コバンザメではあるけど、俺、そんなに悪いことをしたのだろうか。そんなふうに思っていたら、べろり、と舌で頬を撫でられて頭が真っ白になった。三崎は自らの唇を舐めたあと、満足げに息をついた。

「なあ、俺はお前の運命なんだろ? 感謝してるんだろ? なら、運命は運命らしく、一生お前に感謝されてやるからな」


Fin.

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