記録24 残照の装備

老店主は、作業台の奥から鈍い黒光りを放つ鉱石の破片を取り出した。

「お前ら、**ウムブライト**って聞いたことあるか?」


ケイが首を傾げる。アイがすぐに検索を始めるが、詳細なデータは出てこない。


店主は続けた。

「この星の特産鉱石だ。見た目は何の変哲もないが、強いエネルギー伝導性と、周囲の熱を吸収する特性を持っている。地中深く――いや、地底の底の底でしか採れねぇ希少鉱石だ」


彼は鉱石を指で弾き、コツンと低い音を響かせた。

「……そして“黒蝕”の正体は、そのウムブライトに寄生する菌糸類の微生物だったんだ」


「だったな……微生物か……」

ケイは指で唇をなぞり、渋い表情で呟いた。


「あぁ。小さな生命体だが、集まればヒト以上に厄介な存在になる。もともとは酸素の無い環境で、ひっそりと生きてた嫌気性菌だ。だから昔は、地上に出てくることなんてなかった」


ケイとアイが静かに聞き入る。


「だがな――異常増殖を機に、あいつらは変わった。微量の酸素下でも活動できるようになり、熱源や振動を感知して獲物を狙うようになったんだ。人間の体温、足音、呼吸――全部、奴らの“餌”になっちまった」

老店主はカウンターに肘をつき、重く言った。

「誰かが奴らを進化させたのか、それとも……もともとそうなる運命だったのかはわからん。だが確かなのは――黒蝕は、いまこの星を喰らい尽くそうとしてるってことだ」



そして、大きく鼻で息を吸うと、奥のロッカーをゆっくりと開けた。

中には整然と並べられた、かつての探検者たちの装備が眠っていた。時間の経過を物語る埃の層。それでも彼の手は迷いなく、必要な物をひとつずつ取り出していく。


「まずは、防護服だ。ヒト用サイズは少ねぇが……まだ動くだろう」

中には、人型に合わせて調整された旧式防護スーツが吊られていた。


「ヒト用の装備なんざ、いつぶりかね……まあ、保管はしておいたさ。これはお前らみたいな“バカな探検家”がまた来るかもって思ってな」


スーツは重すぎない素材で、金属光沢のないマットな質感。色はスレートグレーとブラックのツートン。見た目は旧式の宇宙服に近いが、肩や腕部に軽装甲が追加されており、可動性は保たれている。胸元には呼吸循環ユニットが内蔵され、背中には小型酸素タンクと電力ポッド。両肩にはクアドリス製の補助アームスロットもあるが、外された状態だ。


「強化ガラス製のゴーグルで黒蝕の粒子を視認できる仕様になってる。こいつで暗所の可視化もできる。ただし、防御力は……高くねえ。二人で探索するなら軽量タイプの方がいいからな」


ケイはゴーグルを手に取り、試しに装着してみせた。

「上等だな。軽くて丁度いいさ。攻撃が最大の防御だろ?」


「だろうな。ま、命は自分で守れってことだ」

老店主はアイのスーツも丁寧に手入れし、端末とリンクさせて起動チェックを行う。


「装備チェックOK。各種センサー起動。内部温度調整ユニット正常。バックアップ酸素——3時間分稼働可能」

アイが確認しながら言う。


「あとは、坑道探索用の道具だな」

そう言って、彼が次に取り出したのは、拳ほどのサイズの金属製ランタンだった。


「これが酸素ランタンだ。これは坑道に吊るして使え。数時間、微量の酸素を放出し続ける。安全圏を広げるための“灯”みたいなもんだ。黒蝕は酸素を嫌う。これを中心に行動しろ」


更に棚の下から引き出されたのは、背負い式の酸素ボンベ。

「言わずもがな、酸素ボンベだ。複数用意してやる。これには高濃度の液体酸素が入ってる。リザーバーは自動切り替えだが、1本が切れたら30秒以内に交換しろ。それを過ぎると……終わりだ」


老店主の表情は真剣そのものだった。命を預ける道具を扱う者の目だ。


彼は次に、長めのノズルと背部タンクが一体化した装置を持ち上げた。

「これは……管理棟に行ったなら、お前も見ただろう、黒蝕焼却装置(火炎放射器)だ。高濃度酸素と燃焼剤を混合して短時間、高温の炎を放つ。だがな、使いすぎるなよ。燃料も酸素も、お前らの命そのものだ」


そして最後に、小さな球体を手に取った。表面にはいくつもの小さな通気口と赤い点滅灯。

「こいつはデコイだ。複数の熱源を発生させて、黒蝕の注意をそらすことができる。使い所を間違えなきゃ、命を拾える。だが……一度きりだ」


老店主はすべてをカウンターに並べ、ケイとアイの方を見た。

「どれも……この星で生きるために必要なものだ。無駄にするなよ。酸素は、この星で一番貴重な命だ」


ケイは無言でレーション、火薬、銃弾、電力セルを老店主の前に置いた。

「……これで貸し借りなしってことで、頼む」

「ふん、悪くねぇ取引だな。……ありがたく頂戴しとく」


アイは、受け取った装備をひとつずつチェックしながら頷いた。

「装備は揃いましたね。あとは、酸素・電力ぞれぞれの充填が出来るまで待つだけですね」


老店主は笑いもせず、ただ静かに頷いた。

「この装備をやって何だがな……気をつけな。深部は、人が戻ってこられるような場所じゃない。だが……お前たちなら、きっと何かを持ち帰ってくる気がする。明朝までには準備できる。少し身体を休めてから来ると良い」


「ああ、わかった」

二人は店を出て宿へと戻ることとした。

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