Mercator Colony編

記録07 賑わいの中の静寂と

商業都市“メルカトル・コロニー”のドックに、ヴェルヴェット号が静かに着艦した。港町のような造りのこのコロニーには、無数の露店や商店が立ち並び、異種族たちの声が賑やかに交差していた。空中にはホバーカーが行き交い、大型クレーンがコンテナを運び込む音が響く。


ジークフリードは艦橋から降り、工具を抱えてヴェルヴェット号の船体をチェックし始めた。彼は船体に手を這わせ、傷や歪みを確かめるように慎重に作業を進める。


「またこのエンジンか……次の戦闘までに直さないとな」

独り言を呟きながら、溶接機を構え、焦げたエンジンのパーツを補修し始めた。


溶接機の光がドック内を照らし、彼の集中した表情が浮かび上がる。


その時、バードマンがクレーンの上から声を張り上げた。


「ジーク!タキオンブースターはどんなもんだ?」

ジークフリードは顔を上げ、溶接面を外してバードマンを見上げた。


「ああ、今度こそアウトだな。タキオンブースターの冷却システムも逝かれた。次の星系まで持つかどうか怪しいな」

バードマンは翼を軽く広げ、余裕のある笑みを浮かべた。


「ったく、また俺たちが宇宙のど真ん中で漂う羽目になるのかよ」


「心配するな。何とかするさ」


ジークは溶接面を戻し、再び作業に取り掛かった。


「シークレット、オダコン、あなたたちは物資を仕入れてきてちょうだい。DDディーディー、バード、二人は私と一緒に情報収集をするわよ!」


シェーネはクルーの背後から高いヒールを鳴らしながら颯爽と街へ向かった。





ケイとアイはアマデウスを降りたあとすぐに街へと向かった。ケイはBOLRボルアを先行させポケットに両手を突っ込み無言のまま歩く。アイは一定の距離を保ちつつ後ろをついていく。街中には木製の屋台や金属製のテントが立ち並び、商人たちが威勢のいい声で客を呼び込んでいた。湿った地面の近くには両性属アンフィビアンの商人が水槽で奇妙な魚を売っており、爬虫属レプティリアンの武器商人が刃物を静かに磨いている。


浮遊する屋台が空中を漂い、果物や香辛料を売る商人たちがホログラムの広告を飛ばしている。大道芸人が通りの中央で炎を操るパフォーマンスを披露し、その周りを子どもたちが駆け回っていた。


「ようやく、到着しましたね。目的は一時の休息、及び補給ですね」


アイは無機質な声で告げる。その表情には変化がないが、その動きはヒトとなんら変わりのない自然な振る舞いを見せつつ、周囲の景色をスキャンしている。


ケイは市場を歩きながら、異種族たちを無感情に眺めていた。小太りな鳥人属ガルーダのスクラップ売りが大声を上げ、獣人属猫科フェリシアの毛玉屋からは様々な獣臭が漂ってくる。しかしケイの視線はそれらを素通りし、興味を持つ様子はない。


(こんな場所でも、結局は金と権力が支配してるんだろうな)


…そう思いながらも、この光景にはどこか懐かしさを感じていた。


その時、彼の目線の先に道端に座る青白い少年が映る。少年は痩せ細った体を丸め、濁った瞳で遠くを見つめていた。薄汚れた服の袖からは骨ばった腕が覗き、震える手で壊れかけた楽器を握っている。


「薬物か…こんなガキまで」


ケイは眉をわずかにひそめたが、すぐに無表情に戻る。そして何も言わずに少年の前を通り過ぎ、そのまま歩き去った。





一方、シェーネたち三人は都市の裏で行動を開始していた。薄暗いビルの一室で、DDディーディーが中央管理塔のシステムにアクセスしている。彼の指は古びた端末のキーボードを軽快に叩き、無数の暗号化されたデータがモニターに流れていた。背後にはバードマンとシェーネが立ち、彼の作業を見守っている。


バードマンは腕を組みながら、皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「こんな骨董品レベルのセキュリティじゃ、オレでも突破できるんじゃねえ?」


余裕を見せるように言う。


DDディーディーはゆったりと微笑みながら、バードマンに視線を向ける。


「ふむ、若いのぉ。無理はせんほうがええぞい。歳を取ると、無駄な戦いがいかに愚かかがよくわかるもんじゃ……もっとも、愚かさこそが若さの特権かもしれんがの」


そう言いながら、再び端末に集中した。


画面上部に浮かぶ巨大なホログラムには、コロニー全域を覆う無数の監視カメラとドローンの配置が映し出されている。バードマンはホログラムに映るその数の多さに眉をひそめる。


「これ…予想以上にしっかりしてるな。誰がこんな網張ったんだ?」


神妙な面持ちで呟いた。


シェーネは腕を組み、冷静な目でホログラムを分析していた。


「アークに関するデータは……全くないわね」


彼女の声には苛立ちが混じっていた。


DDは端末を操作しながら、楽しそうに眉をひそめる。


「ほっほ、それは違うのぉ。誰かが意図的に隠した痕跡があるぞぃ。こやつら……ただの商業都市とは思えんの」


その瞬間、端末に赤い警告が表示され、けたたましい警報音が室内に響き渡った。


《未確認の侵入者を検知。警備ドローンを派遣しますーー》


システム音声が無機質に告げる。


バードマンは舌打ちし、窓から外を確認した。


「チッ、バレたか。急げ、もう来てるぞ!」


窓の外にドローンの光が現れる。1機、2機、3機…無数の光が交錯する。彼らの位置に向かって一直線に迫ってきた。


DDは楽しそうに笑いながら端末をシャットダウンし呟く。


「ふむ、バレたようじゃの。わしらのシステム以上に精密な監視網じゃったわい。ほっほほ。これはのぉ…やはりただの監視システムではないかもしれんぞ?」


「DD…消された痕跡があるってのは確か??……いえ、この現実を見れば疑いようがないわね。仕方がないわ……リスクは承知の上で、あの監視塔に潜入してみましょう。遠隔での侵入じゃ不十分。ほとぼりが冷めたら直接乗り込むわよ!」


シェーネは決意を込めた表情で言った。


三人は汚れたマントを深く被りビルを後にする。フードの隙間から先ほどまでいたビルを覗くと、そこには無数のドローンとエアバイクに乗る警備用機械人形ガードマンが辺りを捜索していた。

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