第7話 斬影からの手紙

「まだ……終わらぬか……」

 信玄が一歩前へ出る。

「……終わらせるわけにはいかん。だが、今度こそ、貴様を超える」

 謙信の瞳には、鋭い閃光が宿っている。

「……秀吉。我の''光刃''のリミッターを外せ」

『……何?』

 秀吉の声が一瞬、驚愕に満ちて響く。周囲の空気が一変し、緊張感が極限まで高まった。

「リミッターを外せ」

 謙信の言葉は冷徹で、まるで運命を切り開くかのように響く。

 その瞳は鋭く、全ての力を一気に解放しようとしているのが感じ取れる。

『お、おい、謙信……』

 秀吉の声が震え、すぐに謙信の決意を感じ取った。彼は少し躊躇いながらも、手元の装置に触れ、光刃のリミッターを外すボタンを押す。

『だが、お前には……その力を制御する術が――』

「制御はもう必要ない」

 謙信はその言葉を遮り、冷ややかな表情を浮かべた。

「今こそ、全てを切り裂く。貴様を超えるために」

 その言葉と共に、謙信の体から放たれる圧倒的なエネルギーが、光の刃となり、まるで雷鳴のように轟く。


 そして、彼の体から放たれるその力は、通常の「光刃」の何倍もの速さで動き、信玄を圧倒する。

 その刃の速度は、空気を引き裂き、周囲の風を巻き込みながら進んでいく。

 謙信の視線が一切の迷いを捨て、ただ前方の敵に集中しているその姿勢は、まさに戦神の如きものだった。

「はっ――!!」

 信玄はわずかな間をおいて、槍を構え直し、無数の光刃を打ち返すべく力を込める。

 しかし、その速度と圧力は、信玄がかつて感じたことのない強さだった。

 謙信の「光刃」は、信玄の槍をも圧倒し、彼が一度も味わったことのない速度で切り込んでくる。

 その刃は、ただの物理的な力を超えた、精神的にも圧倒的な威圧感を伴っていた。

「ぬ――ッ!?」

 信玄は目を見開く。目の前に迫る刃を回避するため、必死に槍をかざす。だが、その一閃が信玄の槍をわずかに捉え、刃先が大きく削られた。

「――これが、真の光刃の力か。」

 信玄の顔に、わずかな驚愕の色が浮かぶ。


 だが、すぐにその瞳に炎のような決意が宿り、再び槍を前に突き出す。

「謙信、これで終わらせることはできぬ!」

 彼の言葉とともに、信玄の槍が光の刃に立ち向かうべく、一瞬で振り下ろされる。対峙する二人の気がさらに高まる中、その戦いはまさに一瞬を超えて永遠のように続く。

 だが、謙信のサイバネボディは限界に近づいていた。体内のエネルギー回路が軋み、雷光が一瞬鈍くなる。その瞳に微かな動揺が宿るが、それでも彼は冷静に構えを保ち、光の刃を握りしめた。

「まだだ……」

 謙信は心の中で呟く。

 だが、彼のサイボーグの肉体は、力を振り絞るごとに限界が近づきつつある。回路が異常を起こし、機械音が響き渡る。

『''光刃''損傷率八十%オーバー。機能停止の可能性あり』

 その警告音が耳に響く。

 だが、謙信はそれを無視する。

 信玄との戦いで彼の心は完全に燃え尽きる覚悟を決めていた。

 機械の冷徹な声すら、今は彼の意思を貫くための障害にはならない。

 すでに戦闘は肉体の限界を超えていた。信玄に勝つために、そして信玄を超えるために。

 光の刃がその力を持って振り上げられる。

 失われつつあるエネルギーを全て解放し、最後の一撃を放つ準備が整う。


 しかし、身体は限界に近づき、足元が揺れる。

 サイボーグの体が耐えきれず、体が崩れたのだ。

『九十……機能停止』

「謙信……そこがサイバネ侍と人間との違いだ」

 信玄の声は静かでありながら、深い哀しみを帯びていた。

「どれだけ強く、どれだけ速くても……限界を越えられるのは人間だけだ」

 信玄はゆっくりと槍を収め、崩れ落ちた謙信に近づく。

 その銀白のボディは静かに冷え、もはや何の反応も示さない。

 だが、信玄はそこに“敗者”を見ていなかった。

「……最後まで、貴様は我が唯一、斬り結ぶに値する男だった」

 彼の言葉は、勝利の余韻など含んでいない。

 ただ、一人の戦士として、一人の宿敵への哀悼だけがあった。

 静かに手を伸ばし、謙信の胸部に刻まれた「毘」の文字に触れる。

 その指先がわずかに震えた。過ぎ去った幾多の戦い、語られぬ言葉、交わされなかった理解。

 すべてがそこにあった。

 風が吹く。

 まるでそれが、謙信の魂が空へと昇る音のように、静かに。

 そして信玄は、誰にも聞こえぬほどの声で、ただ一言を呟いた。

「……さらばだ、友よ」


───江戸

 木造の街並みに夕陽が差し込み、遠くでサイバネ瓦版屋の掛け声が響いている。

「号外だよ! 号外だよ! 越後のサイバネ侍、謙信、ついに沈黙!」

 人々のざわめきの中、茶屋の奥、薄暗い一角に一人の男が静かに座っていた。

 外の喧騒とは対照的に、そこには時間の流れが止まったような静けさがあった。

 ――光秀。

 だが今の彼は、その名を捨て、天海と名乗っている。

 かつて秀吉に裏切られた男は、機械と陰謀が交差する時代に身を潜めていた。

「謙信が倒れたか……やはり、謙信は武田でなければ止めきれぬか」

 ぼそりと漏れた言葉には、わずかに皮肉とそして確信が混じっていた。

「いや、俺は死人……関係のないことだ」

 そう呟きながらも、天海――かつて明智光秀と呼ばれた男の指先は、湯呑の縁をなぞっていた。

「勘定はここに置いておく」

 懐から古びた銭袋を取り出し、卓に置く。

 その動作に迷いはなく、まるで今世に未練はないとでも言うように。

 立ち上がると、光秀は裾からメモを三枚ほど取り出して、それを握り潰した。

「薩摩と柳生、そして武蔵……あいつらに会いにいく」

 天海――明智光秀の外套が、江戸の夕風にはためく。

 誰にも告げず、誰にも看取られず、男は静かに茶屋を後にした。 

 そして、胸に宿すは“斬影拳”、いまだ世に知られぬ亡霊の拳。

 ──すべては、秀吉という災厄を再びこの世から消し去るために。


 江戸の街に、夜が落ちる。

 だが、闇が深まるほどに、その中で動き出す者たちの輪郭は鮮明になる。

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