斬影伝

@kaiji2134

第1話 蘇る斬影

 江戸第六区——通称・六ノ塔。

 都市再編計画の失敗で放棄された旧市街。

 今はネオンと腐臭に満ちた、電脳ゴーストたちの楽園だ。

 元は渋谷と呼ばれていたが、今の若者にその名を知る者はいない。

 空を見上げれば、無数の広告ホログラムが浮かび、人工の月が都市を監視する。

 地を這うのは、金属でできた侍たち。

 生身の人間を見下すように、その目は冷たく赤く光っていた。

 その雑踏の中。

 ひときわ場違いな男がひとり、雨の路地裏に佇んでいる。

 ボロのコート、傷だらけの顔、そして動かぬ右腕。


 ——明智光秀。

 かつて“斬影拳”の使い手としてサイバネ侍を素手で打ち倒した、伝説の男。

 今はただの亡霊だ。

 1年前、信じた仲間に裏切られ、死の淵から這い戻った。

 だが、この街のどこかでまた“炎”が灯った。

「斬影拳を見た」という噂が流れ始めたのだ。

 光秀は、ゆっくりと拳を握った。

「……まだ、終わっちゃいねえ。」

 光秀は路地を抜け、六ノ塔の地下へと続く階段を降りていく。

 排水もされていない狭い通路は、かつての都市の名残をとどめることなく、ただ腐敗と鉄の匂いが充満していた。

 その奥にあるのは、情報屋〈ムジナ〉のアジト。

 裏切りが日常のこの街で、唯一、金さえ積めば中立を保つとされる存在だ。


「……久しぶりだな、光秀」

 光秀が扉を開けると、低く掠れた声が迎える。

 奥のスクリーンには、無数の監視カメラの映像。

 その中央に、顔を義眼とマスクで隠した男が座っていた。

「その名で呼ぶな」

 光秀の声は静かだった。

 だが、その低音には確かな棘が含まれていた。

「今の俺は、誰でもない。ただの死人だ」

「……死人が何の用だ?六ノ塔でサイバネティック侍を倒したのはお前じゃないのか?」

「あいらが俺の前を通っただけだ」

 光秀は無感情にそう言い放つ。

 けれど、拳に残る微かな熱は、あの一撃が偶然ではなかったことを物語っていた。

 光秀の声には、怒りも誇りもなかった。

 ただ、事実を述べるだけの乾いた響き。


「通っただけで十体が一瞬で真っ二つってのは……相変わらず冗談が過ぎるな」

 ムジナは苦笑しながら、モニターに映る六ノ塔の残骸を見つめた。

 瓦礫の中に転がるサイバネティック侍たちの残骸。切断面はあまりに鋭く、まるで時間が一瞬止まったかのようだった。

「秀吉はお前が動き出したと思っている」

 ムジナは言葉を切ったあと、低く続けた。

「……お前を恐れている」

「それは俺が恐れられる立場にいた頃の話だ、それに勝手に勘違いされても困る」

 光秀は背を向け、再び扉の方へ歩き出す。

 光秀は背を向け、再び扉の方へ歩き出す。重厚な足音が、静寂な室内に響いた。

「だが――勘違いでも、人は動く。恐怖は火よりも速く広がる」

 ムジナの声に、光秀は足を止めなかった。扉の前で一瞬だけ振り返る。

「だったら、そいつらごと焼け死ねばいい。俺には関係ない」

 扉が開き、冷たい外気が流れ込む。

 義肢の警備兵が二人、無言で光秀に道を開ける。

 ムジナはモニター越しに、彼の背中を見送った。

「……変わらないな。いや、変われなかったか」

 そのつぶやきは誰にも届かず、監視カメラの赤い光だけが、わずかに揺れていた。


 ――本能寺

 無数の神経ケーブルと冷却管が天井から垂れ下がり、空調の唸り声が低く響く。

 まるで生き物の腸の中にいるかのような錯覚を覚えるその部屋の中心――

 玉座のような制御椅子に、羽柴秀吉は座していた。

「やはり、信長様亡き今は、ワシが天下じゃの!」

 羽柴秀吉の高笑いが、無機質な鉄と配線に満ちた部屋に反響する。

 玉座の背後には、無数のホログラム・ディスプレイが並び、各地の映像、通信記録、そして戦力データが脈動していた。

「やはり、信長様亡き今は、ワシが天下じゃの!」

 その声音には、誇りというよりも――飢えたような執着が滲んでいた。

 冷たい義眼がわずかに光を宿し、スクリーンのひとつをじっと見据える。

 そこに映っていたのは、六ノ塔でサイバネティック侍二体を無力化した「一人の男」の姿。

「明智……まだ生きとったか。クク、死んだと思うたがのう……」

 秀吉の隣に立つ、細身のサイバネティック侍が、かすかに首を傾ける。

「排除命令を出しますか?」

「否、まだよい。奴は過去の亡霊に過ぎぬ。今は“彼”を仕上げる方が先じゃ」

 秀吉は椅子を回転させ、部屋の奥、黒く隔離された冷却コンテナを見やる。

 中では、銀の義肢を備えた“新たな戦士”が、まだ目覚めぬまま眠っていた。

「明智光秀を超える、究極の“侍”をな……」

 冷却煙がコンテナの隙間からゆっくりと漏れ出す中、秀吉の目は獣のような光を帯びていた。


 羽柴秀吉の高笑いが、無機質な鉄と配線に満ちた部屋に反響する。

玉座の背後には、無数のホログラム・ディスプレイが並び、各地の映像、通信記録、そして戦力データが脈動していた。

「やはり、信長様亡き今は、ワシの天下じゃの!」

 その声音には、誇りというよりも――飢えたような執着が滲んでいた。

冷たい義眼がわずかに光を宿し、スクリーンのひとつをじっと見据える。

そこに映っていたのは、六ノ塔でサイバネティック侍二体を無力化した「一人の男」の姿。

「明智……まだ生きとったか。クク、死んだと思うたがのう……」

 秀吉の隣に立つ、細身のサイバネティック侍が、かすかに首を傾ける。

「排除命令を出しますか?」

「否、まだよい。奴は過去の亡霊に過ぎぬ。今は“彼”を仕上げる方が先じゃ」

 秀吉は椅子を回転させ、部屋の奥、黒く隔離された冷却コンテナを見やる。

中では、銀の義肢を備えた“新たな戦士”が、まだ目覚めぬまま眠っていた。

「明智光秀を超える、究極の“侍”をな……」

 冷却煙がコンテナの隙間からゆっくりと漏れ出す中、秀吉の目は獣のような光を帯びていた。


 コンテナの内部で、無機質な音が響いた。

 金属同士が擦れ合うような音。それは機械が“鼓動”を刻むようなリズムで続いていく。

「動き出したか……」

 秀吉が身を乗り出すと、彼の背後のホログラムに一つのウィンドウが浮かび上がる。

「お前意志……その“理想”だけを、ワシは受け継いだ」

「だがな――お前の“魂”は、道具として蘇らせてもらうぞ、かかれ柴田!」

 ホログラムが一瞬、赤く点滅し、まるで意思を持つかのように波打つ。

「起動コード認証——完了」

 重厚な装甲に覆われた格納槽が開き、爆音とともに一体の巨躯が姿を現す。

 鋼の鎧に刻まれた意匠は、旧時代の武将・柴田勝家のもの。だが、そこにあるのは人間ではない。


——全身をサイボーグ化された戦闘兵、「武将型AI兵装・シバタ」。

「起動確認。指令を……下せ、ハシバ・ヒデヨシ」

 その声は低く、地の底を這うような重圧を含んでいた。

「目標は一つ。明智光秀——あの裏切り者じゃ」

 秀吉の顔に、嗤うような笑みが浮かぶ。

「“死人”が生きていてはおらんからな。——かかれ、我が忠義の鬼よ。次に裏切る者は、貴様ではないことを祈るんじゃなァ」

 シバタの両眼が紅く光り、駆動音と共に格納区を突き破る勢いで出撃する。


 本能寺の奥底から、戦乱の火種が、また一つ放たれた。


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