第10話 ざまあ エイル編 中編

「……と、言うわけだ」


 俺の報告を聞いた国王が苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「許せん。彼らには厳しい処罰を下したい……ところだが、いかんせん物証がない」

「そうだな」


 軍務卿という証人がいるから有罪判決を下せないこともないが、それでは「強引に判決を下した」とあいつらの関係者が騒ぐだろう。

 いくらリッチを倒したとはいえ魔王軍の脅威が去ったわけではない。この状況での求心力の低下は国政に大きな悪影響を及ぼすおそれもある。

 ここは誰もが納得する’決め手’が欲しい。


「いっそ襲ってくればいいんだよ。そしたら返り討ちにするから」


 エイルが物騒な発言をするが、たしかにそれが一番手っ取り早い。


「現行犯逮捕か。それなら分かりやすいといえば分かりやすいな。少し策を練ってみるとしよう」

「あんまりエイルに危険な真似をさせたくないんだが仕方ないか」


 俺が退室しようとすると国王に引き留められた。


「ああ、それと……教会、なんとか立ち入りできるくらいにはなったぞ」


 待ってました。あそこには大事な用があるから一刻も早く行きたかったんだ。


「いくらコジローが強いといっても協会が崩れたらひとたまりもないから、気を付けるんだよ」

「ああ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 女神フィノーラを祭る教会。30年前、この世界の守護神の座をダメ夫から引き継いだ際に建てられたレンガ造りの教会だ。

 生憎戦闘で半壊したので、レンガだけでも取り除いてもらったのだ。

 もう日も沈んであたりは暗く、歩くのも一苦労だが、女神フィノーラへの報告は早い方がいいだろう。ということで松明を片手に慎重に進んでいく。それにしても懐中電灯がネット通販で売ってないのは不便でしかたない。電子機器が販売禁止とは聞いていたがこれは拡大解釈だろう。


「ここで祈りを捧げればいいのかな」


 幸い像は無事だった。足元を軽く払いそこに跪くと両手を合わせた。以前のように俺の足元で魔方陣が浮かび上がる。


「コジロー様」


 ああ、まちがいなく女神フィノーラが使用している管理人室だ。


「女神フィノーラ」

「昨夜はお疲れさまでした」

「いえ。あのくらい」


 それにしても女神フィノーラ、このあいだより目つきがうつろだ。


「リッチを倒したのが貴方でなく、あちらのハーフエルフとは想像しておりませんでした」

「どうやら天照大御神様の勘は当たったようですね」


 軽口を叩いたところでネット通販を使用する。ここは一つ甘いものでも食べて元気を取り戻してほしい。


「ささ、どうぞどうぞ」


 ドリップパックのコーヒーと、シャインマスカットのショートケーキ。アイテムボックスから取り出したカップはノリ〇ケのボーンチャイナ。


「頂きます」

「やっぱシャインマスカットは甘味が違いますね」

「ええ。とっても美味しいです」

「ところで魔王軍の動きは……」

「世界6ヵ国への同時侵攻。のはずですが進む速度に差があります。現在戦っているのはオリト国だけ。アザゼル率いる風の軍団が進行中です」


 ん?


「進む速度に差があるなら、一番遅いのは不死軍団じゃ?」


 マミーとかゾンビは歩くのがとてつもなく遅かったからな。


「どこから魔王軍が出現するのか不明なので、そのあたりは分かりかねます。すみません」

「それは女神フィノーラのせいではありません」

「いえ、私の力不足です」


(……ところで、旦那さんは)


 のど元まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。先日より一層悪い顔色が全てを物語っている。


「次はそのオリト国をめざします。なるべく早く」


 一つ気がかりなことがあった。姐さんオリト国に行ったことあるのか。なければすぐにでも出立してもらわないと。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「くそっ」


 そのころ。

 悪態をついているのはファブル家の当主。御年66歳。深いしわが刻み込まれたご老体は、孫に甘い。


「ああ、ムカつくっ」

「なんでエイルが第三功なんだ」


 そしてファブル家を訪れているのは他の7家の当主。彼らは復興よりエイルへの仕打ちを考えることに重きを置いている。


「大将首を上げたアストランスはともかく、雑魚しか倒していないエイルが表彰だなんてっ」


 彼の頭にはヴァンパイアの実力が正しくインプットされていない。

 リッチの次に強いということを。

 そのヴァンパイアを倒したのがほとんどエイルだけということを。


「わからせてやらなければならないな」


 何をわからせるのか説明になっていない。それはエイルへの襲撃を意味しているからだ。


「どうやって」

「シンプルだが寝込みを襲うというのはどうだろう」

「物取りの犯行に見せかけよう」

「ところで、今どこに泊まってるんだ」

「昨夜は行きつけの店で一晩過ごしていた。警護として兵士が2人ついていたぞ」

「たった2人なら……どうとでもなるよな」


 お互いがお互いに顔を見あわせたのは同意を得るため。そこできな臭い雰囲気が盛り上がる。


「大義の前に小さな犠牲はやむを得ないな」

「よし、それでいこう」


 話はトントン進んだ。なぜなら大して考えていないからだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 そして早朝。


「どういうことだ」


 計画が完全に失敗に終わったので全員がまた集まったのだ。


「それが、昨夜どこにいたのか全く分からないのだ。行きつけの店にも、軍の兵舎にもいなかったし、アストランスの以前の寝床にも、エイルの以前の寝床にもおらんかった」

「うーむ。どこかの宿に泊まっていたのか」

「いや。宿屋は全部あたったが、いなかったな」

「娼館は?」

「男二人はともかく、エイルとアストランスが?」

「エイルは胸意外男みたいなもんだし、アストランスも女にもてるから意外とあり得るぞ!」

「「「ガハハッ」」」

「馬鹿モン! 笑っとる場合かっ!」


 バカ話に対してファブル家当主が一喝する。悪ふざけが過ぎたと思ったのか一身を縮こませると、合議を再開した。


「アストランスとあいつ……ええとクハージュ、あの二人が恋仲なので連れ込み宿もあたったのだがこちらも空振りだった」


 昨日と違い空気が辛気臭い。対して考えない計画なのだからうまくいかないのも無理はない。


「仕方ない。王なら知っておるじゃろうからちと顔をみせてくるわい」


 王様でなく王と呼んでいたり、顔を見せるなどと表現するあたりに彼らの王を軽視する心情がでている。


「これはファブル殿、何用ですかな」


 すんなり王と会えるのは彼がひとかどの人物だったからだ。と。本人は思っているがそんなはずはない。


「ははっ。実はコジロー殿とその仲間にお目通りをと思ったのですが、昨日の昼間は多忙なようで、それで昨夜お声がけをと思ったのですが、いかんせん宿泊先を存じ上げておりませぬ。それで今夜にでもと思いまして……コジロー殿の宿泊先をお教え願えないでしょうか」

「目通りが目的なのだな」

「いかにも」

「なら、すぐに会わせてあげよう」


 王は宿泊先を知りたいと聞いた時点でエイルの寝込みを襲うことに気が付いた。


「……は」

「この後コジロー殿と軍務卿と打ち合わせがあるが、その前に顔見世の時間を特別に用意する。それでいいだろう」

「ありがとうございます」


 無論、本心ではちっともありがたくないのだが、そう返答せざるを得なかった。


「コジロー殿が参られました」

「おや、王様。こちらの方は……」


 目通りなど考えていなかったのだから、会話がしどろもどろになってしまい大いに恥をかくことになったのだ。




 そして夕方。集まったメンバーを前にファブル家当主は意気揚々としていた。なので朗報が聞けると期待が部屋中に満ち溢れていた。


「それがだな、「宿を公表すると人が集まってきて休めないから国王以外には知らせない」そうだ」

「それじゃ、お手上げじゃないか」

「期待をさせておいてそれはないじゃろう」

「くそっ」


 がっかり肩を落とす者、地団太を踏むもの。全員がイラついているのにファブル家当主はニヤリと笑った。


「まあまあ、話は最後まで聞け」

「と、いうと」


 ここで全員がかたずを飲んだ。自信たっぷりの表情から、いい報告が聞けると期待したからだ。


「ここだけの話、ということで王から情報を得られたんだが、アストランスとあの男はこの街にいない」

「どういうことですかな?」

「女神フィノーラのお告げがあった。オリト国が敵に襲われているそうだ。それでアストランスを向かわせることにした。なにしろタイマンで大将首を獲った英雄だ。力量に不足はない。

 ただアストンランスはオリトに行ったことがない。だから早馬で早朝に出立した。一人じゃなんだから男連れでな」


 恥と引き換えに手に入れた情報はとても有意義なものであった。と本人は考えている。


「それで?」


 当主はやおら立ち上がると窓から近くの山を指で指した。


「あそこの山にはモンスターが出るだろう」

「? たまに出ますな」

「そうだ。山から出てきたら危険だ」


 出るといっても、危険を承知で山菜取りに入ったら運悪く出くわすこともあるというレベルだ。人里に降りてくることなどまずない。


「⁉ ああ、なるほど!」


 一人の男が相槌を打ち、下品た笑いを浮かべる。


「どういうことですか?」


 他の者は当主が言わんするところを掴みかねているようだ。


「軍務卿からエイルとコジロー殿に行ってもらうよう王に意見具申があったんだ。だがいくら強くてもあんな広い森をたった二人では手が回らないだろう。それで皆はどう思う?」


 むろん、国王と軍務卿が仕掛けたエサである。目の前にぶら下げた美味しそうに見えるエサに、飢えた彼らは大きな口を開けて喰らいついた。


「二人じゃきついだろう。けど兵士は皆傷ついておる。ならここは一つワシの息子も同行させよう」


 コイツの息子が当時14歳だったエイルにボコられたことをこの場の皆が知っている。


「ちょうど俺んところの孫も手が空いておる」

「奇遇だな。ウチの孫もじゃ」

「モンスター退治なら俺の息子の得意分野だ」

「おお、国を守るために危険を顧みずモンスター退治に立ちあがるとはなんと勇ましいのだ!」


 ファブル家当主とその仲間は歓喜に沸いた。

 山の中でエイルとコジローに不意打ち。数十人がかりで、弓も魔法も使いたい放題。これならいくら何でも勝てるだろう。死体は灰にしてから埋めてしまえば見つからない。

 全員の頭の中ではそんな図面が描かれる。だが人はこれを捕らぬ狸の皮算用と呼称する。 

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