第9話 ざまあ エイル編 前編

「「「「きゃー♡」」」


 一夜明け、俺たちはパレードに繰り出した。俺としては目立つのはガラじゃないんだが姐さんに「いいじゃないか」とごり押しされ、エイルに「ボクはコジロと一緒に出たいな」と甘い声で誘われたら断れない。

 

「アストランス様~」


 4頭立ての儀装馬車2台に分かれて乗車した。先を走るのは第一功の姐さんと第二功のクハージュだ。


「お姉様~」


 大将首を獲った姐さんに黄色い歓声が上がる。女性が手柄を獲ったのが気に食わないのか、男性が姐さんに声援を送ることはなかった。

  

「皆ありがと~」


 姐さんは俺が送ったワインレッドのロングドレスに身を包んでいる。色気のある姐さんにはよく似合う色合いだ。

 大きな声を返し、大きく手を振る姐さんとは対照的にクハージュは小さく手を振っている。




 クハージュは表彰とパレードに呼ばれたと聞いて当初はしり込みしていた。


「俺も出るのか?」


 クハージュは、俺の渡した燕尾服を見て目を丸くしていた。逃げたした自分が? という意識が強いみたいだ。


「もちろん。姐さんを助けた功績は大きいからな」


 けど、あの功績は掛け値なしに大きい。それに……俺としては道連れは多い方がいい。


「当たり前でしょ。キミがいなかったら勝敗が変わってたかもしれないんだから」

「姐さんにそこまで言われちゃ、仕方ないか」


 あの後二人に何があったか想像はつくが、すっかり姐さんの尻にしかれるポジションに収まっている。




「あーあ。あんなにベッタリくっついちゃって」


 表彰のパレードなのか結婚のパレードなのか区別がついているのだろうか、姐さんは。


「姐さんも、これまでの苦労が報われたよね」


 そういうエイルは青のサテンドレスに身を包んでいる。エイルは脚を出すのが好みだが今回はロングドレスで脚を隠している。パレードでもふくらはぎまできっちり隠すのがマナーだそうだ。


「エイルだって第三功じゃないか」

 

 ちなみに俺は賞を貰っていない。『表彰って格上が格下に渡すもんだよな。神の御使いに対して人間が賞を渡すのか?』というこじつけ理論を、角が立たないように伝えたからだ。


「エイルちゃ~ん。よくやってくれたよ~」

「おばちゃん~、ヤッホー」


 エイルも辛酸を舐めたのにここまで地位を回復した。エイルも苦労が報われたと言えるだろう。だが、姐さんと違ってまだ落とし前をつけてもらってはいない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「まずい、まずいぞ」


 バリンという無機質な音が響くと、高級なワインが絨毯に飲まれ、赤く染まっていく。


「軍務卿。落ち着きなされ」

 

 涼しい顔をしているのは近衛騎士団の団長。歴戦の強者として魔物討伐などでいくつもの任務を堅実にこなし、また策士として今の地位に就いた秀でた頭脳の持ち主でもある。そして50を超えてなお無駄な脂肪が一切ない体型が日々の鍛錬を欠かしていないことを物語っている。


「これが落ち着いていられるか」


 汗を流しうろたえる様は近衛騎士団の団長と正反対だ。


「エイルの任を解いたのは貴殿です。その責を問われるのは致し方ないこと。腹をくくりなされ。見苦しくない態度で身を引かれるのが男の美学かと」

「ふん。それは余裕か。それとも嫌味か。お前はエイルの解任を反対していたからな」

「姫の警護には同じ女性が当たらないとならない場面が数多くあります。そしてエイルは男女問わず最強の拳闘家。解任に反対するのは当然かと」

「そんな正論、聴きとうないわ!帰れ帰れ」


 団長は無言で敬礼すると退席した。入れ替わりに入ってきたのはスキンヘッドの筋肉だるま。


「親父、どうする」

「どうするもへったくれもあるか!ワシはクビだぞ、クビ! ああっ。あいつらの言うことなんか聞かなきゃよかった」


 軍務卿は頭を抱え込んだ。こんな姿部下の前で見せられるものではない。

 

「でもよぉ、罪に問われないだけでも上等だろ。ってコレもらってないよな」


 人差し指と親指で輪っかを作る。


「小娘一人の人事で金もらうほどセコくはない。貸し一つって口約束だけじゃ、利益供与には当たらん。捕まらんはずだ。判断ミスってことで首にはなるがな」

「貸し一つで首じゃ割に合わねーな。でも金貰ってたら不正ってことで最悪コレもんだったからマシか」


 軍務卿の背筋を冷たいのもが流れる。昼間ギロチン台での処刑に立ち会っていたので裏切り者に対する王の厳しさを彼は良く理解している。


「で、連中はどうしてる」

「親父の取り巻き連中? そりゃ腸が煮えくり返っているさ」


 息子に鼻で笑われたのが癇に障るのか、捨て台詞を吐いた。


「フン。そもそも自分たちの身内がエイルより弱いのが発端だろうが」

「そりゃそうだけどさ、子供や孫がエイルに拳闘でボコられたからと言って腹いせに政治的圧力をかけ」

「言うな!」


 図星を突かれてしまい血管が切れそうなほど顔を紅潮させる。


「切れるなって親父。で、現実的な話、親父は引退、取り巻き連中は親父への貸しを返せないまま冷や飯を喰うことになる。さっきの団長さんが出世したら連中肩身が狭い思いする姿が目に浮かぶぜ。どうするよ」


 頭が冷えたのか、少し黙ったのちに、問いかけた。


「……おまえ、今のエイルに決闘で勝てるか」


 息子の方は即答した。


「無理だな。エイルの奴、ヴァンパイアもマミーも20体以上一人で倒したんだぜ。俺もマミーならタイマンで倒したけどそれでも2体。ヴァンパイアには手傷を負わせるのがやっとだ」

「戦果は聴いておる。だが、拳闘家より剣士の方が有利なのが常識。ましてやこの国で5本の指に入る剣士のお前と女のエイルじゃ」

「おいおい、分かってないな親父。戦場では男も女もねえんだよ。強い奴が勝つ。ただそれだけさ。ま、拳闘家より剣士の方が有利なのは確かだけど、あんだけ速く動けたら剣を振り下ろす前に懐に入られて終わりだな」

「くそっ」


 軍務卿は怒りに任せて拳をひじ掛けに叩きつける。


「いや……決闘もありだろ。エイルの飲み物にでも下剤でも入れとけばいい」


 はっと思いついたが、息子に即却下される。


「それがだな、親父。エイルはコジローがアイテムボックスから出したモンしか口にしないらしい。昨夜行きつけの店を貸し切りにしたのは例外だとよ」

「ちっ」

「悪いことは言わねえ。連中と縁を切れ」

「しかし、あいつらの支援があったから軍務卿の地位につけたんだ。それに……」

「それに後ろめたいこともやらせてきたってんだろ。バラされても気にすんな。どうせ引退するんだ、かまいやしねえ。家は予定通りアニキに継がせればいい。頭も悪くないし何より清廉潔白が取り柄だ。俺や親父や連中と違ってな。ケケケ」


 だが、軍務卿は諦めが悪かった。


「あいつらが’上手く’やるってことは」

「そうだな……連中お得いの手は裏路地で束になってかかるってとこだが、恥の上塗りになるだけぜ」

「じゃあ人質を取れば……」


 そういう発言が次々に出るあたりに彼の悪辣さが現れる。


「これが意外と難しいんだぜ。人質を取るってのはアシがつくもんだ。誘拐するときとか、人質の口封じとかさ。あ、エイルも口封じがいるぜ。人質を取られたんだ~って騒がれたら、捜査が始まるぜ」

「殺すのか」


 軍務卿は誰が聞いているということもないのに声を潜めた。


「人質をとるならな。ま、捕まって牢屋に入れられても構わねーっていうなら話は別だが」

「英雄殺しがバレたら間違いなく死刑だ。普通なら殺しなんかやらんだろう。そもそもあいつ等のメンツの問題だ。家が立ち行かなくなるほどメンツを潰されたんならともかく、この国の英雄様相手に昔コテンパンにやられたくらいじゃ殺しはやらんだろ。よほどプライドが高いかバカじゃない限り」

「でも、あいつらだぞ」


 息子はその’よほど’であると指摘する。


「む。確かにあり得る」

「だろ。ここらで縁を切っちまえ。やらかしたこと全部バラされてもせいぜい罰金刑だろ」

「……仕方ない。引退したら引きこもるか」


 ここでようやく観念したのだが……。


「おいおい、トカゲの尻尾切りかよ」

「誰だっ!」

「ボクだけど」


 むろん俺とエイルだ。エイルの落とし前をつけないといけない人間がここには多いからな。まずは頭からだ。


「聞いて……おったのか」


 軍務卿は、愕然とするが息子の方はあまり驚いていない。


「うん。全部ね」

「ワシをどうする気じゃ」

「親父を告発してもしょうがないぞ。これが賄賂を貰ってたんならともかく、頼まれただけだからな。それだって公になってるんだ。口頭での貸し一つじゃ罪には問えないだろう」

「じゃ、誰に頼まれたのか話してくれよ」


 軍務卿の襟首をひっつかんですごんでみせる。俺から視線を逸らすので顔を掴んでこっちに向ける


「ファブル家の当主を筆頭に……」


 名前が挙がったのは計8人の当主。俺は当然聞き覚えが無い。ここではそれなりの名門らしいが。


「みんなボクが拳闘の試合で倒した相手の家だね。拳闘って正々堂々とした格闘技なのにさ」


 エイルはすっかりしょげている。そんなエイルのためにも。


「そいつら、どこにいる」


 当然落とし前はつけてもらう。


「昼間、復旧作業に当たってたからどこかで飲んでるはずだ。店か誰かの家かまでは知らん」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ほら、約束の品だ」


 俺がアイテムボックスから取り出したのは赤ワイン。そこそこ値の張る逸品だ。


「ありがてぇ。前払いでもらったのと同じ銘柄か」

「ああ。ずいぶん気に入ったみたいだからそれにしたよ」


 スキンヘッドの兄ちゃんは相好を崩して喜んでいる。

 そう、コイツと一芝居打ったのだ。


「陛下にはボクから伝えておくよ」

「ああ。悪かったな親父が迷惑かけちまって」


 きちんと頭を下げられるあたり、本当は悪いやつじゃないのだろう。


「全くだ。でも君たち兄弟に罪はないからね。家が続くように取り計らってもらうよ」


 一芝居打った理由は、軍務卿が金を貰っていないことを証明することと、自発的に縁を切らせることだ。これでこの後連中が’国を救ったエイル’に何かしても軍務卿とその家は無関係。

 そして連中にとって一番の後ろ盾を失ったことになる。


「コジローさんよ。連中、いやこの世界の男ってな、魔法で女に負けただけでも相当腹が立つんだぜ。異世界じゃ違うのかも知んねーけどさ。それがコイツで負けたってなるとなおさらだぜ」


 俺の前で握りこぶしを作って見せた。


「くだらんメンツだな」

「それで、これからどうするんだ?」

「エイルはどうしたい?」

「とりあえず王様に報告かな。魔王軍がいるのに国の中で内輪もめしててもしょうがないし」


 そう、内輪もめしててもしょうがないのだ。

 でもそれはフラグというものである。

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