第16話 ブラックの夜明け

日が傾き始めた頃、俺は畑から呼び戻された。


「ヴァリオ様がお呼びだ」


 そう言って案内されたのは、見慣れた納屋ではなく、農場の母屋だった。


 通された部屋は、きれいに整った書類と帳簿が並ぶ事務部屋。そこでヴァリオは、椅子に深く腰かけてこちらを見た。


「藤村。お前を俺の側近に任命する」


「……は?」


 声が裏返った。言われている意味が理解できない。


「契約人制度はまだ始まったばかりだ。だが今後広げていくには、現場の意見をまとめ、改善を重ねる必要がある。……お前はその役を担える。文句はあるか?」


 あるわけがなかった。


「い、いえ!光栄です!ありがとうございます!」


 深々と頭を下げる。まさか奴隷から、側近にまで昇進するとは――人生、何があるか分からない。


「では、早速だが打ち合わせだ。今後の課題について洗い出し、報告書をまとめろ。今夜中にな」


「えっ、夜はもう……そろそろ日が沈みますが……?」


「何を言っている? こっからが本番じゃろうが」


「……へ?」


 思わず耳を疑った。


「契約人を認めさせるには、貴族との交渉資料が要る。報酬制度、労働管理、安全性の確保……一つでも甘ければ潰される。今夜は徹夜で洗い出す。よいな?」


「……っ!」


 それは、まさか……。


 この感覚――懐かしい。


 終電ギリギリのプレゼン資料、睡眠時間を削った報告書、胃に穴が空きそうな打ち合わせ……。


 ――ブラック企業の夜だ。


 なのに、なぜか胸が熱くなる。


 これは、「信頼されて働いている」ってことだ。


 自分の考えが、制度に活かされる。


 誰かの人生を、少しでも良くするかもしれない。


「……っ、はいっ!頑張ります!」


 思わず返事が裏返った。


 ヴァリオは眉をひそめた。


「……にやにやしやがって。お前、やっぱ変な奴だな」


 それでも構わない。


 日が沈み、また一日が終わる。


 けれど、俺たちのカンパニーは、今始まったばかりだ。

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「転生先でも働き続けます。すいません、それが私の役目」 星野 暁 @sakananonakasa

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