35 愛されている生き物

 ぽてとがマズイというのは一大事だ。ぽてとはなんだかんだ我が家でいちばん愛されている生き物である。いったいなにがあったのだろう。


 家に帰ってみるとおじさんがガックリと落ち込んだ顔をしていた。常備菜をつついていてくれと言っていたのに。

 目の前にはいただきもののお菓子があり、フタは開いているが一部ちぎれている。


「どうしたんです」


「それがね、いただきもののお菓子の開封の儀をしていたら、開けるのに失敗してぽてとが箱のフタのちぎれたところを飲み込んじゃったんだ」


 それは大変だ。小さな動物が食べられないものを誤飲すると内臓に悪影響がある。


「獣医さんでエコーかけて、バリウム飲まして検査して、とりあえず内臓に引っかかったりはしてないし、素材も紙だから食物繊維とらせて下剤を飲ませれば出てくるかもしれない、ってなって下剤飲ましてユーエヌケーオー待ち。手術とかじゃなかったし動物病院めずらしく空いてたから早く帰ってこられた」


 UNKOて。

 肝心のぽてとはどこだろうと思ったら動物病院に連行されたのがよほど嫌だったのかぶっすうとむくれた顔をして自分の布団に寝転がっている。具合は悪くないようだが、「ぐあいわるくないのにじゅーいさんにつれてくたぁどういうりょうけんだ、え?」とでも言いたそうな顔である。


「そもそも叔父さんが1人でいただきもののお菓子開封の儀しなかったらよかった話じゃないですか」


「いや……長いお話を書き上げて、糖分が欲しいと思って……」


「ウウー……」


「ぽてと、どうした?」


 ぽてとはすっくと立ち上がると「おさんぽ」のボタンを押した。「はやくさんぽにつれていけ、だすものだすんだから」と言わんばかりの顔であった。

 ぽてとは性格が荒いが叔父さんがきちんとしつけたので大を出すときは外に行きたがる。小は家の中のペットシーツにすることもあるが、基本的に外でする。

 叔父さんは急いでリードをぽてとの首輪に取り付けた。


「そういうわけで散歩行ってくるから、適当に食べてて」


「わかりました。がんばれぽてと」


「キャン!」


 思ったほど深刻でなくて安心したのだった。いやもし開腹手術となったら大変だ。だがぽてとはとりあえず元気そうだ。


 そうやっていると妹と穂希さんも帰ってきたので、これこれこういうわけで、と説明する。


「ぽてと大丈夫かな」


「ぽてとちゃん、なんていうかいろいろガバガバだよね……」


「しょうがないよ庶民の飼ってる犬だもん。血統書だってチャンピオン犬の孫って書いてあるけどウソなんだかホントなんだかだし」


 みんなでぽてとの心配をしていると、ピンポンが鳴った。出ていくとアカミチさんがギターケースを抱えて立っていた。


「どもっす」


「清花、アカミチさん来てるよ。練習するの?」


「あー……予定だとこれからカラオケボックスのつもりだったけど、ぽてとのこともあるし……」


「どしたの、ぽてちんになんかあった?」


 妹がかくかくしかじかと説明する。


「ウワッ。動物病院代がヤバいやつだ! というか犬もバリウム飲むんスね……」


 アカミチさんはしばらく考えて、それから「失礼しまーす」と上がり込んできた。


「讃美歌でも歌おうか。暗い気分のときは明るい歌を歌うに限る。ジーザス・イズ・アライブでも歌えば元気になるんじゃないかな」


「本当にクリスチャンになられるんですか?」


 穂希さんがそう尋ねた。


「んー、キリスト教がどんな思想か軽くかじっただけだけど、大雑把に言えば『明日のことは心配すんな、神様がなんとかしてくれる』って考えだから、それは素敵だなと思ったよ」


「空の鳥野の百合ですね」


「なにそれ穂希ちゃん、なんで知ってるの?」


「小中とゴリゴリのカトリックの学校だったから……思想とかより教育方針がいいってだけで、うちの父はふつうに靖国に真榊奉納したりしてたんだけどね」


 言うことが議員さんの娘である。


「思想とかってさ、究極的にはどれも『みんな幸せになるには』で、宗教に思想を求めようにも神仏混淆とかシルクロードを伝ううちにキリスト教と仏教が混ざるとかあったみたいだから、輸血禁止みたいな極端な異端でなければなにを信じてもいいんだと思う」


 穂希さんがとても頭のいいことを言っている。アカミチさんは頷いている。妹は正直よくわかっていない顔。


「じゃあ歌うぞー」


 アカミチさんがギターをかき鳴らし、みんなで「ジーザス・イズ・アライブ」なる陽気な讃美歌を歌った。讃美歌というより映画「天使にラブ・ソングを」に出てきそうな、本当に陽気な歌だった。


 それを歌い終わったころ、玄関が開いて叔父さんが戻ってきた。手にはチワワの腸から出る量とはちょっと思えぬ分量のUNKOをさらった袋があった。


「お菓子の箱の破片、無事に排出されました!!」


「よっしゃ、よかったなぽてと!」


「やったー!! おつかれぽてと!」


「ぽてとちゃん頑張ったね、えらいね!」


「ナイスだぞぽてちん!」


 アカミチさんがぽてとにつけた「ぽてちん」というあだ名がちょっと気になるが、とにかく無事に出てよかった。

 ぽてとは出すものを出して腹が減ったのか、「ごはん ごはん ごはん」とボタンを連打している。叔父さんがドッグフードを用意すると、ガツガツと一気に食べていた。ちゃんと出たので食べていいらしかった。


 ◇◇◇◇


 そんな波乱もありつつ日々は過ぎ、無事に超ダンジョンフェス1日目の前日になった。

 引退した配信者などを中心にしたボランティアスタッフや、広告代理店の人たちとも協力して、超ダンジョンフェスの会場を設営する。

 これは紛れもなく、俺の人生最大の仕事になるだろう。そしてその最大は、来年、再来年、その次……と更新されるのだ。ワクワクした。(つづく)

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