21 責任は大きい

 アカミチさんと超ダンジョンフェスで「椰子の実」を歌うことになって、がぜん意欲を取り戻した妹に安堵しつつ、帰り道穂希さんに小声で言われた。


「わたし……なんていうか、移ろいやすいんですよね、音程が」


「……?」


「端的に言っちゃうと、歌が下手なんです」


 えっ。


「で、でも中学の合唱の授業とかではそれなりに歌えていたので、しっかり練習すればちゃんと歌えると思います……!!」


「だ、大丈夫、まだ8月末だし、12月初めのダンフェスまでにはなんとかなる!」


「そう、そうですよね! ピアノ習ってたし、楽譜読めるし!」


 不安しかないが、もはややるしかないのである。


 ◇◇◇◇


 翌日出社するとみー先輩がニコニコしていた。俺の策がうまくいったのを褒めてくれるつもりだったらしい。


「しかしですね、」


 穂希さんが音痴であることを説明する。みー先輩はアハハハとおかしそうにしている。


「だいじょぶだよ、配信者のやる余興に音楽性なんて求めてないって。ここで大事なのは、タトゥーバチバチの不良にしか見えないアカミチくんが、『椰子の実』をギターで弾いて、それを伴奏に若くて可愛い配信者コンビが歌うってことだよ」


「そうですか? ……ウーム……」


「だってもうそろそろ出し物の募集締め切って確定させないと。この先は何があっても辞退とかぜつゆるでいくしかないんだから」


「そうですね……うん、その通りだ」


 そういうわけで「#きょうのダンジョンオフショット」をUPする。本日の写真は待避壕で和やかに談笑するノギさんとアカミチさんだ。「赤い閃光」とノギさんがたまたま近くにいた結果撮れた写真らしい。


『アカミチが笑ってる』


『アカミチ、実はいい人説ある』


『ノギちゃんがこういう反応するならアカミチは尖ってるだけで悪いやつではないのでは』


 そうなのだ、アカミチさんは悪い人ではないのだ。

 どうして人間は見た目で判断するのだろうか。タトゥーバチバチだという理由でアカミチさんが悪いやつだと断じるのはPTA的、近視眼的で、短絡思考ではないのか。

 少なくとも悪いやつは「椰子の実」なんて穏やかな歌を歌わないと思う。


 さて、きょうもだいぶ遅くまで仕事をした。これが12月の開催まで続くのだろうか、と思ったが、11月上旬くらいにはぜんぶの準備が終わって、あとは開催するだけになるらしい。コミケの運営ならあとは机と椅子を並べるだけ、という感じだろうか。コミケ、行ったことないけど。

 パソコンの電源を落とそうとしたとき、横からえがそー先輩が割り込んできてスマホの画面を見せてくれた。


「……これ……万バズしてる……こういうのを……リポストするといい……」


 アカミチさんのアカウントの、動画のついたポストだった。病院の中庭で、妹と穂希さんがアカミチさんのギターに合わせて歌っている。周りには人だかりができていた。


 穂希さんはときどき音を外しているものの、これからきっちり練習すれば直せる範囲のように思えた。いまどきの若い人、「椰子の実」なんて知らないんだろうし。

 パソコンの電源を落とす前でよかった。急いでボヤイターを開き、アカミチさんの個人アカウントの、さっきのポストをリポストする。


 病院の他の人に迷惑がかかっていないか心配したが、医療関係者の皆さんや小児科に入院していらっしゃるらしい小さな患者さんも足を止めて聞き入っている。迷惑ではないらしい。まあ迷惑だったら止められるだろう。


 ◇◇◇◇


 家に帰ってくるとすっかり夜遅くなっていた。ぽてとはぐうぐう寝ていた。風呂上がりの穂希さんが、テレビで動画を見ながらストレッチしている。俺は冷蔵庫から適当に常備菜を出してつっついた。

 それにしても叔父さんはどこに行ったのだろう。病院の面会時間はとっくに終わってるよな、と思ったところ帰ってきた。


「どこ行ってたんですか叔父さん」


「言ってなかったかい? 大阪でサイン会だったんだよ。リニアが走っているとはいえ遠いものだね」


 そうだったのか。


「これお土産の豚まん。なんとか並んで買ってきた。明日の朝みんなで食べよう。清花ちゃんには内緒だよ。野戦病院の食事みたいな給食食べてるから、おいしい豚まん食べたなんて言ったら憤死しかねない」


 叔父さんは豚まんを取説通りに保存した。

 それから叔父さんはスマホでボヤイターを開いて、「おや、素敵な動画だ」とアカミチさんの動画を眺めている。


「いい感じじゃないか」


「いえ……わたし、結構外しちゃってて……実家にお願いしてボイストレーナー雇ってもらおうと思ったりして……」


 穂希さんはめちゃめちゃ柔らかく体を曲げながらそんなことを言う。


「どうせなら恥かきたくないんです。カッコよくやりたくて」


「いい心がけだと思うけれど、ダンジョン配信者であることを優先するといいよ」


「分かりました。……もう寝ますね。おやすみなさい」


 穂希さんは動画を止めて、借りている部屋に戻っていった。


「お、ニュースになってるよ。ほら」


 叔父さんがスマホを見せてくれた。ネットニュースの記事として、「配信者アカミチ、病院で『椰子の実』を歌う 意外と優しい人かもとボヤイターで話題」とある。

 いったいネットニュースを作る人たちはどうやってボヤイターの情報を得ているのだろう。いやボヤイターを見ているのだ、ボヤイターで反応に至るまでチェックしているのだ。

 公式ボヤイター担当の責任は大きい、と改めて思った。明日は仕事がひと段落しそうだし、妹に会いにいこう。(つづく)

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