2 新人教育の一環

 希望に燃えて、ライヴダンジョン社での初日が始まった。古くてボロボロでコーヒーメーカーの壊れている役所とは違い、ライヴダンジョン社の建物の中は広々し、スッキリしたおしゃれなオフィスで、コーヒーメーカーはカプセルを選んで好みの味を沸かせるやつだ。


 すげー。俺は今、アホみたいな顔をしていると思う。


 俺の席は広報課にあった。転職組だからか複雑な研修などは特になく、どうやら広報の仕事に就くことになるらしい。まあ市役所でも広報をやっていたから納得はいく。

 とりあえず怖いお局様とかパワハラおじさんなどはいないようだ。その代わり広報課のエリアにはものすげぇ金髪のギャルと、分厚いメガネのお兄さんがいた。


「あー、きみが代打の長澤健斗くん? ながっちって呼んでいい? あーしは三峰ななみだよ。みーって呼んで。こっちの陰キャは江頭宗太郎。えがそーでいいよ」


 はあ……。


「代打ってどういうことです?」


「え、知らないの? これ見てない?」


 三峰ななみ、みー先輩はすっとスマホの画面を見せてきた。


『ライヴダンジョン社公式ボヤイター、不適切投稿で炎上!』


 なぬ。

 画面をスクロールして炎上騒動のニュースを見ていくと、どうやらライヴダンジョン社の公式ボヤイターの前担当者がうっかりアカウントを間違えて外国人へのヘイト発言をポストしてしまったらしい。ライヴダンジョン社ではその担当者を配置転換することを考えたが、本人は生き恥をさらした……と仕事を辞めてしまったのだとか。


 知らなかった、というか俺はボヤイターなるものに興味がない。だって怖いではないか、ボヤイターは文字でのやり取りが中心となるSNSだ。文章を書くのは苦手である。そしてボヤイターには怖いおじさんおばさんや陰謀論者やちょっと世界線の違うヒトがたくさんいる印象である。なにか話すとだれかしらが噛み付いてくるのではないか、という恐怖感があるので触ったことがない。


「え、俺ボヤイター担当になるんですか?」


「うん。あーしはようつべの『ライヴダンジョン出張所』ってチャンネルやってて、そっちのえがそーは写真と動画担当。よろぴくー」


 おい。俺はボヤイターなんぞやりたくないぞ。というか聞いてないぞ。役所でも広報の仕事をしていたから広報の仕事をやらされるとは思っていたが、公式ボヤイターの中の人をやるなんて聞いてないぞ。

 役所の広報の仕事というのは月に一回全世帯に配る広報を編集したり公式ホームページを更新したり、というものだった。ボヤイターなどという恐ろしげなものと仲良くしたことはない。


 しかしこれはチャレンジだ。叔父さんの蔵書にあった「千の顔をもつ英雄」の中にあったではないか。試練は成長のチャンスであると。


 とにかくパソコンを起動する。ブラウザからブックマークを開くとボヤイターがある。クリックするとだれもフォローしておらず誰にもフォローされておらず……という状況のアカウントが出てきた。

 これは前任者が、過去のポストを全削除しフォローフォロワーも全てゼロにするという外部サービスに頼った結果らしい。なるほど。


 とりあえず一つポストしてみる。


「はじめまして、きょうからライヴダンジョン社のボヤイター担当になりました、ながっちと申します。至らない点もあるかとおもいますがなにとぞよろしくお願いします」


 次の瞬間フォローが飛んできた。どうやら新しい担当者を待っていた人が少なからずいたらしい。


「ながっちさんよろしくー」


 なにやらリプライとやらがついたので返事をする。


「よろしくお願いします!」


 すると向かいのデスクからみー先輩のキャハハ笑いが聞こえた。


「公式さんが面白くもないポストにいちいち返事してたら残業することになっちゃうよ。キャハハハ」


 どうやらみー先輩がリプライを飛ばしたらしい。新人教育の一環のようだ。さきほどのポストを見ると「令和ギャルみーちゃん」というアカウントであった。いや、仕事中にスマホいじっていいのか。


 なにやら今度は引用リポストなる行動が行われ、緑のぐるぐる矢印に1と表示された。


「転職組の新しい担当者だ!! 囲め囲め!!」


 な、なにごとだ。見れば「ライヴダンジョンのカメラ担当」なるアカウントからの引用リポストであった。えがそー先輩からの引用リポストのようだ。


「カメ担さんが新しい担当者さんだというのでフォローしました!!」


「フォローしました! おもしろポスト期待してます!!」


 わ、わぁ……。

 すごい勢いでいいねやリポスト、フォローが増えていく。こっちもなんかフォローしたほうがいいのかな。分からないので隣でシコシコデジカメの画像の読み込み作業をしているえがそー先輩に聞いてみる。


「……ダンジョン関係の公式垢とか、政府のダンジョン庁とか、ダンジョン学の大学とか、大型クランの公式とか……」


 なるほど。公式さんなら公式さんをフォローすればいいんだな。とりあえずダンジョンゲートの売店や武器開発の公式さん、配信サービスの公式さん、とにかく目についたダンジョン関係の公式さんをフォローしようとしているとみー先輩が「ちょい待ち」とストップをかけてきた。


「ボヤイター、いっぺんにいっぱいフォローすると凍結されっからほどほどにしといたほうがいいよ。時間開けてちょっとずつ」


 凍結というのがなんなのか存じ上げないがきっと怖いことなのだろう。ほどほどにしておくことにした。

 1日、ボヤイターの動かし方を学ぶだけで終わってしまった。研修とかはないのか……? まあボヤイターの担当者だからなぁ……。


 こうして、俺の輝かしいライヴダンジョン社社員1日目は、パソコンをいじくるだけで終わった。大丈夫なのか、これ。(つづく)

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