第24話


 地下に差し込む光は、薄曇りの朝を映し出していた。

 壁に掛けられたランプの火はまだ消されておらず、

 揺れる灯がガイルの横顔に陰影を落としている。


「……昨夜、父の使いが来た」


 その言葉を口にしたとき、ガイルの瞳がわずかに細まった。


「皮肉なもんだな」


 苦い声で呟きながら、彼は椅子の背に身を預ける。

 指先で煙草の火を揉み消すその仕草は淡々としていて、けれど目だけが、じっとユリウスを捉えていた。


「で、どうするつもりだ? “逃げる”って顔は、もうとうにしてない」


「……ティナが、殺されかけた」


 静かに告げられたその一言に、部屋の空気がぴたりと止まった。


「あの子は、ただ――誰かを癒したくて、ここにいるだけなのに」


 唇を噛みしめるユリウス。その顔には、怒りでも悲しみでもない、名もない感情が滲んでいた。

 それは後悔に似て、けれどもっと深く、静かに胸の奥に沈んでいく想い。


「……俺は決めた。過去に、けりをつける」


 その言葉の奥にあったのは、燃え上がるような怒りではなかった。


「復讐か?」


 ガイルの問いに、ユリウスは首を横に振る。


「違う。これは“守る”ための決意だ」


 傷ついたティナの姿が、今もまぶたに焼きついている。

 柔らかな手で誰かを癒そうとしたその想いが、無残に踏みにじられた光景――

 もう誰にも、あんな思いはさせたくない。

 その祈りにも似た想いが、ユリウスを突き動かしていた。


 火のように激しく、だが凛と澄んだ熱が、胸の奥を貫いていた。


「この命を使うなら――誰かを癒す“手”を、この世界に残すために使いたい」


 ガイルは少しだけ視線を伏せ、口の端をわずかに上げた。


「……らしくないな。だが――悪くない」


 ユリウスは立ち上がる。

 椅子が軋む音すら、今は静けさの中で澄んで響いた。


「……俺は、王のもとへ向かう。王宮の奥に、すべてがある」


「一人で行くつもりか?」


「お前がついてくるとは、思っていない」


 そう言ったとき、ガイルの目がわずかに細められた。


「……俺は“商売”で動いてる。それだけだ。

 だが――それが、“商売抜きでも悪くない”と思えることもある」


 ユリウスは口元に皮肉な笑みを浮かべ、しかし振り返ることなく、扉の方へと歩き出す。

 その背に、ガイルの低く長い溜息がふと流れた。


 曇り空の向こうから、淡い朝の光が静かに満ちていた。


 守るための剣を、その手に――

 ユリウスは、過去と向き合うために歩みを進めた。

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