第4話
王都の下層――
かつて貴族たちが財宝を秘匿したという地下倉庫の廃墟。
その一角に、噂の影に生きる情報屋が潜んでいた。
ガイル。
金と知識にのみ忠を誓い、誰も背後に立たせぬ男。
冷静沈着、猜疑に満ちた眼差しを持ち、訪れる者には必ず試練を課す。
その日、湿った風が地下の通気孔から流れ込み、黴の匂いとともに古い空気を揺らしていた。
ユリウスとティナは、慎重な足取りでその場所を訪れていた。
「……ここで合ってるの?」
ティナが小さく囁く。
「間違いない。ガイルは姿を見せない。だが、密偵たちは皆、この道を通る。」
ユリウスは周囲を見渡し、わずかに眉をひそめた。
「……妙だな。音がない。」
その言葉をかき消すように、暗がりの奥から燭台の揺らぎ越しに、嗄れた声が低く響いた。
「妙に思ったのなら、帰るんだな。命が惜しいなら。」
よどんだ空気。
石壁に染みついた時の重みが、息を吸うたびに喉を苛む。
この地下倉庫の奥深く、男が棲んでいた。
ユリウスが一歩、影へと踏み込む。
「“おもしろい物”を持ってきた」
彼の言葉に応えるように、ティナが前へと歩み出る。
腰のポーチから取り出されたのは、小さな細工の瓶。
淡く揺れる液体が内に秘めるのは、記憶に触れる香り。
封を切る。
ふわり――
空気が静かに揺れた。
熟れた果実の甘さ。
遠い昔、記憶の奥で咲いた名も知らぬ花の気配。
それはただの香りではなく、心の深い層にまで沁み入る、優しく危うい魔。
虚空を彷徨うガイルの視線。
ふと、過去の幻が脳裏をよぎる――
研究塔の廊下。誰かの嗚咽。むせ返るほどの薬と血の匂い。
「……これは」
しわがれた声が、初めてわずかに震えた。
ティナは微笑んでいた。
「“追憶花”と“夜香草”を合わせた特製の蒸留香。深く吸えば、心の硬さが少しほどけるの。」
「……王宮の禁香だ。調合も使用も、厳しく禁じられていたはずだ」
闇の中から姿を現すガイル。その眼差しが鋭く、瓶の先をじっと見つめる。
「なぜ、それを知っている……?
お前のようなガキが扱える代物じゃない。」
「さぁ。どうしてでしょう?」
ティナの声は夢に誘う風のよう。無邪気に笑いながら、その奥で相手の心を静かに揺らす。
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