その14 竜と人
フレアの寝床へ戻った裕貴の所へ、竜たちがいろいろと食べられそうなものを探してきてくれた。さすがに洞窟の中は狭いので、洞窟の前で待つ。
日が沈み辺りは暗くなってきたのだが、フレアが「適当に明るくしておく」と言って出してくれた光の玉のおかげで周囲は昼間のように明るく照らされていた。
竜たち集めて来てくれたものは実に千差万別で、果物を手に一杯(裕貴からすれば山ほど)持ってきてくれた子や、裕貴の倍以上はある大きな鹿らしき生き物を仕留めてきた子。何匹かの魚(長さが裕貴の身長ほどもある)に1つが裕貴の頭より大きな色とりどりのキノコ。良い香りがするハーブらしき草を裕貴が埋もれるくらいや、白っぽい岩を一抱え(竜の身体で)持ってきた子も居た。
「みんなありがとう!どうかな?食べられそうなものある?」
「どうもありがとう。ええと、よく分からないものもあるから、確認して食べられるものを貰うね。」
「もし食べられなくても大丈夫だよ。皆で適当に食べるから。」
フレアは笑って言う。おそらくだが、竜たちはそれぞれが食べられるものを集めてくれたのだろう。集める数が竜基準なのでかなり多かったのだが。
「うーん。食べられそうなものは結構あるんだけど、出来れば料理したいな。とりあえず火を起こして焼くくらいはできるかなぁ。」
「料理したいの?ふふ、まかせてよ!」
フレアが自信ありげにそう言うと一旦寝床へ戻り、何かを持って戻って来た。
「実は調理器具持ってるんだぁ。」
竜の姿のまま摘まんでいたそれを地面に下す。
「これ竈?あと鍋とお玉とかナイフとかかな。」
それは台所へ置くためと思われるそれなりの大きさの竈だった。もっとも、火を入れる所が付いておらず、上に乗っていた鍋の中にはお玉やナイフ、フォークやスプーンが入っていた。
形状はともかく、その竈には見覚えがある。
「あ、これ魔道具の竈だね。火を使わないで鍋を温めるやつ。魔石は無いみたいだけどフレアは使えるの?」
「使えるよ。ちゃんとお湯沸かしたり出来るもの。」
フレアが人の姿に変身し、自慢げに頷く。おそらく使用者の魔力で動かすタイプなのだろう。
「ああ、これフレアがいろいろやってたやつ。」
「料理しようとして上手くできなかったんだよね。」
「しばらくやってたけど結局諦めたんだっけ?」
「別に諦めてないから!後でちゃんと習ってこようと思ってただけだから!」
他の竜たちの言葉にすぐ反論するフレア。好奇心から人間の真似をしようとして失敗したのだろう。
「それじゃあええと、簡単な料理なら出来るから教えようか?」
「ほんと!教えて教えて!」
嬉しそうによってくるフレア。ほとんど竜の姿だったから分からなかったが、人の姿のフレアはお腹や脚を露出した格好で、中々の美少女のため、裕貴は少しドキドキしてしまう。他の女の子と仲良くすると舞が良い顔をしないので、今だけは彼女が居なくて良かったと思う。
とにかく調理器具を確認してみる。魔道具の竈は多少汚れているものの問題無く使えるようで、鍋やお玉も同様。ナイフは状態が心配だったが、少し重いもののサビや刃こぼれは見られず、汚れているだけだった。材質は何か石か焼き物のようで、裕貴の知らない素材だ。
「とりあえずお水が欲しいな。」
「水なら湧いてるところがあるよ。入物持ってくるから汲んでこよう。」
「それなら私が持ってくるよ。」
フレアがまた寝床へ何かを取りに行っている間に、青い竜が飛んで行き、すぐ戻ってくる。
「水瓶持ってきたよ。」
「水持ってきた。」
フレアが人間基準でひと抱えほどの大きな水瓶を持ってきたところへ、青い竜も戻ってくる。その竜は水の玉を空中に浮かせていた。
「じゃあここ入れて。」
「分かった。」
バシャンと水の玉を水瓶の上に落とす。たしかに水瓶は一杯になったが入り切れない水が辺りに飛び散って流れていく。
「あ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
青い竜は嬉しそうにしているが、やはり大雑把というか、竜基準では零れる水は気にしない程度のことなのだろう。そもそも細かい作業が苦手なのかもしれないが。
気を取り直して集めてきてもらった物から使えそうなものを探す。魚はサマーリア王国の図鑑で見たもので、おそらくアーシィが川で取ろうとしていたものだ。図鑑に載っていた大きさからずいぶん大きな魚だと思ったものだが、目の前にすると予想以上のサイズだ。
それから草は森の中でアーシィに教えてもらったハーブで、魚の生臭さを取るのに最適だったし、白い岩は岩塩だった。果物もアーシィが料理に使っていたものなのでそれらを使って料理をする。キノコはさすがに素人が扱えるものでは無いと思い手をつけなかったし、大きな鹿は、大型の動物を捌くやり方など分からないので手のつけようがなかった。
まずはフレアにまな板に使えそうなものを持ってきてもらう。磨かれた謎の石の板を持ってきてもらったが、とりあえず使えそうなのでその上で魚を捌くことにする。
水は結構な量を持ってきてもらったので、最初は食器やまな板代わりの石板を洗う。それからまだ生きている魚の頭を落とす。大きさが大きさなので中々難儀したが、フレアに力を借りるとナイフも使わず爪であっさり魚の頭を落とした。人間の姿でも竜の魔法や身体能力は使えるらしい。
それから内臓を取り出し、なんとか3枚におろす。家では母の手伝いで魚の捌き方も教わっていたから、異世界の大きな魚とはいえ構造が大きく変わらなければなんとか出来た。
それから岩塩を細かく砕く。これもフレアにやってもらう。さすがに竜の力なので岩を粉々にする程度は造作もなかった。だいぶ飛び散ったがそこまで大量に使うわけでもないので問題ない。
ハーブは乾燥もしていない摘みたての大きな葉っぱなのでそれを利用し、塩と酸味のある果物の果汁を塗り込んでハーブの葉で包むと、水を少し入れて火にかけた鍋に葉ごと魚を入れて蓋をする。これで蒸し焼きにするのだ。
しばらく火加減を見て、ハーブの葉の色が変わりしっかり火が通ったら完成だ。
「よし、出来た。味はどうかな?」
フレアから借りた皿に盛り付ける。
彼女に使っていいと借りたのだが、立派な絵皿で気が引けたものの、他に無いので仕方なくそのまま使う。後でキレイに洗おうと心に決めつつもなるべく汚さないよう気を使っていた。
料理初めからずっと見守っていた竜たちに囲まれながら味見する。
「うん、おいしい。ちゃんと出来てる。よかった。」
見守っていた竜たちも笑って頷いている。裕貴にとっては少し恥ずかしかったが、彼らには裕貴の料理している姿は相当珍しかったようだ。
「フレアも味見してみる?」
そう言ってフォークを差し出す。
「いいの?それじゃ一口。……うん。複雑な味!人の食べ物って感じ。」
「そっか。それはよかった……のかな?」
人間の姿になったとはいえ、やはり竜の好みというものがあるのだろう。おそらく人の料理も口にしたことがあるであろうフレアからの感想なら、そう悪くはないはずだ。
それから裕貴が夕飯を食べるのに合わせ、取って来たものを分け合って竜たちも食事を始める。
彼らは普段、あまり食事をすることもないようだが、取ってきてもらった物の事など竜たちに聞きながら一緒に食事するのもなんだか楽しく思える。
食事を終えて解散となり、竜たちは各々の寝床へ帰る。裕貴はそのままフレアの寝床で寝ることになったのだが、彼女は奥から大きなベッドを自慢気に持ってきた。
「へへ、良いでしょう。寝心地が気に入って買ったんだ。偶に人の姿で寝てるんだよ。」
「そうなんだ。ここに人のベッドがあるなんて驚きだよ。」
「それじゃ寝ようか。」
「うん。……うん?」
フレアは裕貴を捕まえると一緒にベッドへ入る。
「フレア、その人は若い男女で一緒に寝るのはその……。」
「えっ、嫌?2人の方が暖かいよ!」
「嫌じゃないけど……。」
フレアに上目遣いでそう言われると嫌とは言えない。竜の価値観はよく分からないが、あるいは人がペットと一緒に寝る感覚なのかもしれないとは思う。だがフレアの人の姿は同い年くらいの女子なので、裕貴が意識してしまうのも無理はなかった。
「ミュー。」
「あは、ミューも一緒ね!それじゃ3人で寝よう。」
いつも通りミューも一緒に寝る。
こうしてフレア(人の姿)とミューに挟まれて寝ることになった裕貴。ミューはもちろん、フレアも容赦なく抱き付いてくる。最近は意識しなくなってきたミューの胸の感触に、フレアもなかなか立派なものを持っていて、柔らかい物に挟まれた裕貴はほとんど寝付くことが出来ないのだった。
§
次の日の朝。起きた時にはすでに陽が高く昇っており、ベッドにフレアは居なかった。おそらく先に起きてどこかへ行ったのだろう。
昨日汲んでもらった水が残っていたので、それで顔を洗いフレアが置いて行ったタオルで顔を拭く。適当に水洗いだけされていたのかゴワゴワだったが文句は言えない。
それから昨日の残りの果物を少し食べてからミューと外へ出た。
フレアの背から見た通り山の上の為、生えている植物は低木や小さな草ばかり。ごつごつした岩や石も多く、時おり吹いてくる風も涼しい。
夜や朝は気温が下がっていたはずだが、フレアとミューに挟まれていたおかげで寒くはなかった。まぁ全く寝付けなくてまどろみ始めたのは空が白み始めたころであったが。
自分の脚で歩いてみると、竜の巣は結構な広さだ。起伏のある地形ではある物の障害物になるようなものはほとんどなく、所々に寝転がっている竜や飛んでいる竜を見かける。
皆昨晩一緒に食事をした竜たちで手を挙げて挨拶すると嬉しそうに挨拶が返って来た。
特に目的もなく歩いていると、銀色の竜が昨日と同じところで空を見ているのを見かける。
少し気になって近づいてみる。
「こんにちは。」
挨拶すると目だけでチラリと裕貴を見て、それからまた空を見続ける。
「いい天気だねぇ。隣座ってもいい?」
「……好きにしろ。」
若い男のような声が頭に響く。
裕貴はその竜の隣に座り同じように空を見上げる。ミューも一緒に座りやはり空を見上げた。
銀の竜と裕貴とミュー。1人と2匹が理由もなく並んで座って空を見上げているのは奇妙な光景であったが、声を発するでもなくしばらくそうしていた。
「裕貴、こんなとこにいたの?食べるものでも探しにいこう!」
フレアが空から降りてくる。
「わかった。それじゃあまたね。」
裕貴は立ち上がり銀の竜にそう言う。彼はチラリと裕貴の方を見ただけで言葉も無くまた空を見上げていた。
裕貴はフレアの背中に乗せてもらい飛び立つ。
「ブレイズと一緒に居たの?」
「うん。」
「ふーん。あの子何にも喋らないでしょ?」
「そうだね。いつも1匹なんだっけ?」
「そう。よく分からないんだけど、いつもあそこでああしてるんだよねぇ。」
フレアは不思議そうにそう言う。それからその日はフレアと一緒に竜の巣より少し下の森で食べ物を探し、また取れたもので料理をして食べたりした。
やはり料理を始めると他の竜たちがいろいろと持って集まって来て、興味深げにその様子を見守り、終わると一緒に食事をしながら話をした。
それから数日、人の姿のフレアとミューに挟まれてベッドで眠り、朝はブレイズの所で一緒に空を眺め、昼はフレアの背に乗って周囲の探索。夜はまた料理をして集まった竜たちと話をするという生活を送った。
そんなある日。いつものように裕貴とミューがブレイズの隣に座ると、珍しくブレイズから声を掛けてくる。
「裕貴と言ったか。なぜ毎日俺の所へ来る?」
さすがに気になったのか、今日は裕貴の方へ顔を向けている。
「うん。ここは良い風が吹くなと思って。邪魔だった?」
「いや。別に構わんが。」
ブレイズはそう言うとまた空を仰ぐ。
「ね?聞いてもいいかな。」
「何だ。」
裕貴とブレイズは互いの方を見もしないで話を続ける。
「もしかして何か悩み事とかある?」
しばしの沈黙。それからブレイズが言葉を発する。
「なぜそう思う?」
「うーん、なんとなくかな。もしよかったら話して欲しいな。解決できなくても、誰かに聞いてもらうだけで違うこともあるし。もちろん、話したくないならいいけど。」
裕貴の言葉にまたブレイズはしばらく答えない。何かを思案しているようにも見えたブレイズはまた言葉を紡ぐ。
「悩み……と言えるものかはわからん。ただ、俺は何の為に生きているのか分からなくなった。」
「そうなんだ。」
裕貴の言葉にブレイズは頷く。
「俺達竜はこの竜の巣から出ずに暮らしている。皆、好き勝手に過ごしているが、目的と言えるものは何もない。俺達は食事をしなくてもここに居れば死ぬことが無い。ここに外敵と呼べるものは来ない上、この世界で竜とまともに戦える者など居はしない。つまり、生きるために必要なものは何もないのだ。」
そう言いつつ空を仰ぐブレイズはどこか寂しそうに見える。
「そっか。生きる目的が無いって辛いよね。僕もそうだもの。」
そう言った裕貴にブレイズは顔を向ける。
「人間もそうなのか?」
「うん。人によるとは思うけど、人間は弱いし生きるためには沢山の物が必要で、沢山の人が強力して生きているんだ。だけど生きるのに必要なことをするのと、生きる目的って違うと思うんだよね。」
裕貴の言葉にブレイズは頷く。
「たしかにそうだな。生きるためにやらねばならないことがあっても、それは生きる為に必要なだけで、生きる目的とは違うのかもしれん。」
「うん。僕は今、自分の世界へ帰ることを目標にしているけど、元の世界に居た時も、この世界に来てからも、沢山の人に助けてもらってばかりなんだ。フレアや竜王様やほかの竜さんたちにも助けて貰ってる。ここで待っているのも竜妃様の力を借りる為だしね。」
裕貴は苦笑しつつブレイズの方を見る。ブレイズと裕貴が顔を見ながら話しをするのはこれが初めてだった。
「他者を頼ることは悪いことだと思うか?」
「そんなことはないよ。1人でなんでも出来る人なんてほとんど居ないだろうし。ブレイズもなにもかも出来るってわけじゃあないんじゃない?」
「それはそうだ。俺は自分の生きる目的さえ自分で見つけられていないからな。」
自嘲気味に言うブレイズ。そんな彼に裕貴は微笑む。
「僕はいろんな人に助けられてて、自分ではなんにも出来ていないんだ。だから、何か、皆へ恩返しをしたり、直接恩が返せなくても、その分他の誰かを助らえることがしたいんだ。僕に何が出来るかはぜんぜん分からないから、それを悩みながら探してるんだけどさ。」
「そうか。悩みながら探すか……。」
裕貴の言葉に深く頷くブレイズ。
「うん。ブレイズもさ、いろんな事を見たり聞いたりしているうちに、自分のやりたい事も見つかるんじゃないかな?まだ見つかっていない僕が言うのもなんだけどさ。」
「ふっ。それもいいのかもしれん。」
ブレイズは笑って裕貴の言葉に頷くと、また空を仰ぐ。ただその姿は寂しさは微塵も感じさせないものだった。
その日から、ブレイズは時おり竜の巣の周りを探索するようになり、夜の裕貴の食事時にも顔を出すようになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます