その11 裕貴奪還作戦2(後編)
4人の移動速度はそれはもうすさまじい物だった。
アーシィは元々魔力で身体強化が出来る上、長年森に住んでいるので本気で移動すれば誰よりも早い。裕貴が居た時は彼に合わせてかなりゆっくりと移動していたのだ。
美琴たち3人も、美琴のデバイスで身体強化しているため速度だけならアーシィを上回るが、何せこんな広大な森を移動したことなど経験がなく、油断するとすぐ木や石にぶつかったり躓いてしまう。
問題は3人が転んだり怪我をすることがなく、それどころか美琴の装備についた障壁のせいでぶつかった木や岩、躓いた木の根や石を破壊しながら突き進んでしまうことだった。
アーシィもさすがに馴れていないのは聞いているのでなるべく木や岩の少ない通りやすいルートを選んでいるが、それでも普段人の歩かない森の中で全ての障害物をそんな高速移動で回避するなど不可能であった。
「ごめんなさい!破壊しないって約束してるのに。」
「仕方ないわ。急ぎだし、猪や熊だって偶には木や岩をどかすこともあるでしょう。まぁさすがにここまで壊しながら突き進んだりはしないでしょうけれど。」
美琴の言葉に苦笑して答えるアーシィ。そんなことを言っている間にもどんどん森の中を突き進んでいき、岩や木が跳ね飛ばされ、壊れていく。
「頑張って避けたいんだがさすがに無理だこれは。」
「申し訳ありませんが壊しながら進ませて下さいまし。」
勇と舞も苦笑しつつ突き進むしかない。
当然そんな進み方をすればなかなかの破壊音をまき散らしており、周囲の鳥や動物たちが慌てて逃げていく。その有様は災害のようですらあった。
突き進むこと5日。アーシィが裕貴に言っていた日程の半分ほどでグラスプ大森林の南側へ抜ける。
さすがに夜は適当な場所で野営。美琴のデバイスで温度は快適に保てる上、障壁を展開しておけば野生動物に襲われる心配もない。食事は、アーシィに教わりつつ探した果物や木の実、分けてもらったドライフルーツを食べて凌いだ。
グラスプ大森林の南側は野生動物を監視する警備兵がおり、木こりや森で採集を行う者、動植物の研究者などが要る街があった。
万が一に備えて防壁に囲まれており、出入口では外に行って戻ってこない者が居ないか確認するための検問所がある。国の北側はグラスプ大森林にファイタム山地ととても他国から入り込むことは出来ず、野党などが潜伏すれば数日も持たず野生動物の餌になるのが関の山なので、入ってくる人間を警戒する必要は無かったのだ。
今までは。
その日、グラスプ大森林から多くの野生動物が逃げ惑って現れ、いつも森で仕事をしている者たちは森に近づくことを禁じられて街の中へ引きこもっていた。
さほど時間を置かずに森の中からとてつもない音が聞こえて、遠目にも木や石が飛び散って行く様が見え、恐ろしい魔物が暴走しているに違いないと街の人々に緊張が走った。
街の門は硬く閉ざされ、警備兵たちは決死の覚悟で森の前へ戦闘態勢で並ぶ。
そんなことは露知らず、4人は森の中を突き進んで行く。
「サマーリア王国の集落が見えるわ。あそこが森林を管理している街ね。」
「あの壁のところね。思ったより大きい街ね。」
「山から見えたのはあの街ですわね。なんだか人が集まっているようですけれど。」
「国境警備?じゃないか森から出てくる動物を警戒してるのか。このまま突っ込むのは不味いだろうな。」
「そうね、少し速度を緩めましょう。」
果たして勇の気づきによって暴走は止まり、ちょっとした駆け足程度で4人が森から出て来た時、並んでいた警備兵たちは人生で最も困惑する瞬間を味わったのだった。
§
美琴達4人がサマーリア王国に入ってから王都まではたった1日で着いた。
本来は街道に沿って馬車や徒歩で進むため、少なくとも4日ほどはかかるのだが、大森林前の街から王都まで、途中の地形を無視して真っ直ぐ突っ切ったのである。
間は草原や林が主で、小さな集落や畑などもあったが、集落で貰った地図で場所を確認し、それらを避けて真っ直ぐ突っ切れることを確認したのだ。
事前にグラスプ大森林からアーシィと言う魔女がきたら王都に裕貴が居ることを伝えるよう通達が出ていたこともあり、警備兵たちも協力的だった。決して森を破壊しながら突き進んできた4人組に恐怖して従ったわけではない。
警備兵からの話で裕貴が安全だとは分かったため、森林近くの街で早めに休み、夜に出発。朝には王都に到着していた。
4人が王都に入ったのは裕貴がアーシィの前から消えてから丁度1週間目。まさに祝祭の真っ最中であった。
「なんかすごい人なんだけど?」
「地図をくれた警備兵が今日は祝祭の日だって言ってただろう。」
「裕貴さんは王宮にいらっしゃるんでしょう?早く行きましょう。」
「さすがに人を蹴散らして行くわけにはいかないでしょう。ゆっくり進むしかないわ。」
人の多さに辟易しながらもなんとか王宮を目指して進む。しかし大きな通りに差し掛かった時、完全に足止めされてしまった。
「ちょっと!どうなってるのこれ!?」
王宮は遥か向こうに見えているのに、そこへむかう道は人だかりが出来て進むことが出来ない。
「これは無理そうだな。どっか抜けられないか聞いてみるか。」
「それしかありませんわね。」
「そこまで急がなくても場所は分かっているのだから大丈夫でしょう。」
「だめよ!一刻も早く裕貴の顔を見ないと安心出来ないわ。」
そう言った美琴がぐいぐい進んで行くので、残りの3人もそれに付いて行くしかない。
近くの建物前までくれば人込みからひとまずは逃れられる。
店の前には同じく人込みから逃れて来たのだろう、休憩している人たちが居た。
「あの、すいません。道をお聞きしたいんですけど。」
「ん?どうしたね。この人込みで道がわからなくなっちまったかい。」
勇が休んでいた老人に話かける。荷物も持っていないし人だかりの方を見ながら休んでいるのでおそらく地元の人だろうと見当をつけた。
「ええ。王宮の方へ行きたいんですが道はありませんかね?」
「何?今そっちへは行けないぞ。これから王様方のパレードが始まるからな。」
「パレード?」
聞き返すと老人は笑う。
「お前さん、サマーリアの祝祭に来てパレードを知らんのかい。毎年王様方が馬車で街を周りなさるのさ。年に1回。王様方を見られるチャンスだって国中、いやさ他の国からも人が集まるのさ。今年は伝説の勇者様もいらっしゃるとかでいつも以上の大賑わいさね。」
「それじゃあ王宮には近づけないんですか?」
「裏通りを進めば近づくことは行けるだろうが、どのみち王宮前通りは封鎖されとるからパレードが終わるまで王宮には近づけんよ。」
「そ、そんなぁ。」
老人の言葉に美琴がへたり込む。ずっと裕貴に会うため全力で進んで来たのだ。足止めを受けて一気に力が抜けてしまった。
「まぁパレードは半日で終わるからそっちへ行きたいなら辛抱するほかないなぁ。お、ほれ。もうすぐパレードが近くに来るぞ。遠目でも通っているくらいは分かるだろう。」
老人が指さす先で人々の歓声が上がる。
「ここからでは全然見えませんわね。」
「パレードなんてどうでもいいのよ。裕貴はどこに居るの?」
「気持ちは分かるが午後まで待つしかないな。」
「仕方ないわ。どこかで食事でもしながら待ちましょう。」
「食事っても俺達この国のお金なんてもってないからな。」
「大丈夫よ。森林前の街で採取したハーブを換金しておいたから、食事代くらいはあるわ。」
「アーシィさん抜け目がありませんね。それじゃあお言葉に甘えて食事に致しましょうか。」
「腹が減ってはなんとやらだ。通れるようになったらすぐ向えるように、食事をとって休んでおこう。ほら、美琴さん。」
「むぅ、しょうがないわね。」
促されて立ち上がる美琴。4人はとりあえず近くで食事できそうな場所を老人に聞き、そちらへ向かうことにする。
通り過ぎていくパレードの馬車に裕貴が乗っていることも知らぬまま。
§
「ついに、ついにやって来たわ!」
パレードが終わり、なんとか王宮へたどり着く。
王宮の門番へ名乗って取次ぎを頼むと、血相を変えて王宮内へ連絡の兵を走らせた。
しばらくして王宮内へ案内され、ある一室へ案内される。そこへやって来たのはプラチナブロンドの髪で、ドレス姿の美少女であった。
「裕貴様のお姉様の美琴様。幼馴染の勇様と舞様。そしてグラスプ大森林の魔女のアーシィ様でございますね。裕貴様からお聞きしていた通りですわ……。」
4人の名前を確認した少女はすっかり意気消沈しており、申し訳なさそうに立っていた。
「裕貴は!?裕貴はどこに居るの!」
美琴が立ち上がって少女に詰め寄る。
「一足遅かったですわ。裕貴様は先ほど、古代竜に連れ去られてしまいましたの……。」
「な、なんですって!?」
美琴の顔が青ざめる。
「連れ去られたとは一体どういうことなのでしょう?」
「その、なんとなくは分かるんだが、名前を教えて貰ってもよろしいでしょうか?」
舞も立ち上がって声を上げる。勇はそんな舞と美琴を見つつも少女に名前を聞いた。
「連れ去られたとはそのままの意味です。パレードが終わって中庭で休まれていた裕貴様が古代竜の背に乗って飛び立つのを見たのです。それと、申し遅れました。私はこの国の王女。アクリア・マリーン・サマーリアと申します。」
優雅に一礼するアクリア姫。もっとも残念ながら4人ともそれにさしたる反応は見せなかった。
「まさかお姫様自ら説明しにきて下さるとは思わなかったな。それで、竜が人を攫うっていうのはよくある話なのか?」
勇の言葉にアクリア姫は今にも泣きそうな顔で首を横に振る。
「いいえ。そもそも竜が王宮に現れること自体前代未聞の事態ですの。まして竜が人を攫うなど聞いたこともございません。」
「あなたは直接裕貴が竜の背に乗って飛んで行くのを見たのでしょう?何故それが古代竜だと思ったのかしら?」
アーシィがするどい眼光を向けるが、アクリア姫は俯いてそれには気づかなかった。
「まず普通の竜が空から侵入したなら、祝祭でこれだけ人が居るのですもの、騒ぎになっているはずですわ。それが誰にも気づかれずに王宮へ侵入出来たのならば、人の姿になることも出来るという古代竜では無いかと思ったのです。」
「なるほど。理屈は通っているわね。裕貴が自分から竜に付いて行ったって可能性はない?」
さらなるアーシィの質問にアクリア姫はさらに首を振る。
「何があったのかは分かりませんが、裕貴様が元の世界へ帰る方法は我が国の魔導研究所が時期は不明なものの開発可能であるとお約束していたのです。まして、明日には報告が届くとお伝えしておりましたし、午後は祝祭の様子を見に行く約束をしていましたのに。」
とうとう泣き出してしまうアクリア姫。
舞はそんな彼女にそっと寄り添い頭を撫でる。
「よくわかりましたわ。あなたは何も悪くありません。裕貴さんの事を大切に思ってくださってありがとうございます。」
そんな姿を見て、アーシィは少し困った顔になる。
「ごめんなさい。別にあなたを責めていたわけではないのよ。古代竜が現れるなんて聞いたことがなかったものだから。彼らはグラスプ大森林よりさらに北。ファイタム山地の山頂にある巣に籠っていると聞いたことがあるわ。」
「じゃあ裕貴はそこに居るのね?」
アーシィの話に美琴は声を上げる。だがアーシィは首を横に振った。
「確かに古代竜が背に乗せて行ったのなら竜の巣に居るでしょうね。ただその場所は下から登るのは不可能だと聞いたわ。それこそ空を飛んででも行かなければならない場所よ。」
難しい顔をしているアーシィに対し、美琴は決意のこもった眼差しを見せる。
勇は胡乱な目つきで、舞はキラキラとした目つきでそんな美琴を見た。
「なら話は早いわ!飛行機でもなんでも作って飛んでいけばいいのよ!アクリア姫様といったわね?裕貴を助けに行くのに力を貸してくれるかしら。」
「そ、それはもちろん。しかし裕貴様は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だと思うわ。古代竜は古の異世界人の盟友という伝承で、竜たちは今でもその想いを受け継いでいるらしいわ。おそらく裕貴を連れて行ったのも彼らなりに何か考えがあってのことでしょう。間違っても裕貴に危害が及ぶことはないでしょうからそこは安心して良いと思うわ。」
アーシィははっきりそう言って頷く。舞とアクリア姫の顔に安堵が戻る。
「それじゃ裕貴を迎えに行くために作戦を考えましょうか。」
そう言った美琴の瞳はギラギラと燃えているのだった。
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