白炎の鎧/星の子と月光
例え城壁に穴が開いたとて、防衛側の有利は揺るがない。三倍の数と高所からの一方的な攻撃は反乱軍を苦しめる。
「——なんというか、思ったより少ないぞ」
そう、本来なら反乱軍は城壁にたどり着くことすら敵わない。
その原因は明らかだ。巨大な音と光、そして何より目立つ白い炎。あの仮面が、城壁の上で戦っているのだ。
「攻撃が、通らない――!」
すべてを焼き尽くす異能、白き炎。その用途は攻撃だけではない。炎を全身に纏うことで外からのあらゆる攻撃を無効化する。
「私はここだ! かかってこい」
城壁上の兵士は歯噛みする。あからさまな陽動。これにつられてしまえば守りが薄くなり、城壁内部への侵入を許してしまう。すでに敵は真下。城壁に空いた穴の横で白兵戦が行われている。
仮面がふらりと物陰へ隠れる。
次の瞬間、屋根の上から閃光が走る。
仮面が隠れた場所は本来の戦闘配置では死角になる場所だ。だが、戦闘配置につかなかったよそ者の兵士はその姿を捉えた。
銀色の兜、双剣の兵士。
「また会ったね」
「お前——」
イスラが仮面に向かい雷のように襲い掛かる。
凄まじい速度、魔力放出で上に浮かび上がった仮面の動きを予想していたかのようにイスラが上空に剣を向ける。
「閃撃——」
細く鋭い風の弾丸。それは服を掠め、空へと消える。
イスラが攻撃を外したのを好機と見るや、仮面はローブの中から赤い紙吹雪を宙へとばら撒く。
追撃を叩き込むため跳びあがったイスラは瞬時に危険を察知し、左手の魔剣に力を込める。
「鉄塊剣!」
左手の剣の重さが数倍に膨れ上がる。それによって上昇にブレーキがかかる。
「勘が良い奴……」
赤い紙吹雪が燃え上がる、太陽光のような白い炎。巨大なそれが仮面を包み込む。
イスラは落下しながら四度風の弾丸を放つもそのすべてが白炎に呑まれ、消滅する。
「無敵……!」
「……一体何なの、お前は!」
仮面は魔力放出を使いながらイスラへ飛び掛かる。
凄まじい速度から放たれる剣。それは白炎を纏い、あらゆる防御を許さない。
「私は……。正義のため戦っている」
イスラの尋常ではない体さばきを前に、仮面の攻撃は掠りもしない。
「戦争を起こしておいて、正義を騙るな」
「よく言える。お前も私と同じ、人殺しだ!」
三十秒。白炎が消える。
イスラはその隙を見逃さない。
——あの赤い紙吹雪、あれを取り出すまでの一瞬の隙、こいつはここで確実に殺す。
だが、イスラの目に飛び込んできたのは、血の跡がついたローブだった。
——血、赤色、まさか――!
振りかぶった剣、飛び出した体、今更止めることはできない。
赤い血を糧に、白炎が燃え上がる。
咄嗟に体を捻る。左手の剣は白炎に呑まれ、左の肩あてが消滅する。
「……これは、私が頑張る必要はなかったかもしれない」
仮面の視線が城壁の上へと向く。そこに奔る光の束、一度は城壁に穴を開けた魔剣、その二度目は敵兵へと向けられていた。
左肩から血を流しながらイスラが立ち上がる。力の入らない左手、折れた剣、イスラは右手の剣の切っ先を仮面へ向け、構える。
「……向こうに行ったほうがいいと思うぞ、私は」
「お前を殺してからだ……」
仮面の中身、アイサは確信していた。あの双剣の太刀筋は完全に姉のものと一致してる。
「降伏しろ。私は殺したくはない」
アイサは踵を返し、街の中央へと去っていく。
「私は帰る。……その体では戦えない、死ぬだけだ」
「ふざけるな……、私はまだ!」
全力で地面を蹴り、イスラは右手の剣を振りかぶる。怪我をしていようと、速度は衰えていない。
だが、その勢いは阻まれる。壁のような白炎が立ちふさがり、イスラの速度と視界を殺す。
白炎が消えるころ、仮面の人物は姿を消していた。
「……負け、か」
拳を握り締めながら、小さく呟く。
城壁の中まで戦火は広がっている。防衛側の最後の抵抗といったところだろうか。
悔しい。あの仮面には個人的に勝ちたかった。だが、イスラにはネスタ王国への思い入れは一切ない。当然、助けを求める民衆が要れば助けるが、今ここに居るのは死を覚悟してここに来た騎士や兵士だ。
「だめだな……」
イスラは物陰に隠れながら、城壁の外へと逃げ出した。七年前、村が焼かれた時と同じように。
剣術道場の師範に手を引かれ、逃げる。
戦おう、守ろうと泣き叫ぶイスラたちを師はただ一言、生きろと叱りつけた。
◇
「空神さまのおかげじゃな」
雨が降って、村を焼いていた火が消えました。
知らないおじいさまが神様のおかげだと言っていたので、きっとそうなのだと思います。
両親はどこかに行ってしまって、家もなくなった私をおじいさんは拾ってくださいました。おじいさんは森に棲んでいる木こりです。とても物知りで、私に毎晩お話を聞かせてくださいます。
「そして、空神のイーサー様が空を作った。こうして世界は作られたんじゃよ」
「ねえ、イーサー様って、今はどこにおられるの?」
「そうだな……。きっと空だろう。——青い空の遥か彼方、そう、あの星が輝く無限の空に、きっとおられるだろう」
会いに行きたい、そう思いました。イーサー様に会って、お礼を言わないといけません。
おじいさん、いいえ、シャレイスは剣がとても得意で、私にも教えてくださります。
聞くと、シャレイスは騎士ではないそうです。ただ、物心ついてから一日も休まずに剣を振り続けた、それが強くなる秘訣とおっしゃっていました。
シャレイスの型はとても綺麗で、思わず見とれてしまいます。
シャレイスが剣を構えると、その剣は白く光ります。丁寧に手入れされた剣が、空の光をはじき返す。その姿は、まるで月のようでした。
「……戦わないのに、どうして剣を振るの?」
「——さあ、もう生活の一部になってるからな。……子供の頃に何かあったのだろうが、もう忘れてしまった」
「私も、強くなれる?」
「当然だ。儂でこれだから、お前は何十倍も強くなれるさ」
◇
「久しいな、シャレイス。この狼煙、まだ覚えていたのだな」
薄い、穏やかな表情でレブナは語りかける。
それに相対するのは一人の老人。既に瞳から光は失せ、物を話すことも無い。ただその肉体のみが全盛期の姿を保ち続けている。
「言葉は不要か。いい、終わらせよう」
向かい合った二人が腰の剣を抜く。つま先から指先まで寸分違わぬ同じ構え。少し離れた山の上から戦いの音が響くが、二人の耳には届かない。
「私は何一つ忘れていない。私は、お前のようになりたかったんだ」
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