1.2.2 チャット

 カフェテリアの喧騒と、窓の外で立ち昇る黒煙を後にした虚山無音が、自宅への帰り道の人気のない路地をいつものようにふわりと進んでいると、ポケットに入れていた携帯情報端末が短く震えた。顔の前に浮かび上がらせて小さなディスプレイの表示を確認すると、メッセージの着信だった。発信者は氷室密花。数日前、旧下水道で久しぶりに再会した、奇妙な共闘をしたアセンブラの一人だった。 無音は端末を取り出し、メッセージを開く。ほんの少しだけ、自分の無表情な顔に変化があったような気もしたが、気のせいだと結論した。

 ≫密花:総裁が吹っ飛んだみたいだけど、見た?

 画面には、ニュースサイトのヘッドラインのキャプチャ画像が添付されていた。無音は指先でそれをタップすることもせず、短い返信を打ち込む。

 ≫無音:なに?

 すぐに新たなメッセージが届く。

 ≫密花: なに? じゃないでしょ。あれ、普通じゃないわよ。王じゃない?

 無音は立ち止まり、ダークモードのディスプレイに僅か反射する自分の顔をぼんやりと眺めた。それから、先ほどカフェで見たニュース映像を思い出しながら返信する。

 ≫無音:そんなわけない。王なんかいない。ただの爆発物。タスマニア条約の反対派の誰かが持ち込んだ。警備と結託して。それで終わり。

 ≫密花:警備責任者も待機要員も全部スパイだったって言うの? あの規模の爆発物を、誰にも気づかれずに家でこっそり用意して、えっちらおっちら運んだのかしら。へえー。

 無音の眉が、ほんのわずかに動く。

 ≫無音:文句あるのか?

 ≫密花:そんなわけないでしょ! どう見たってカバーよ、あれは! 私たちが見たアレと同じ匂いがするわ!

 エクスクラメーションマークがやけに目につく。

 ≫無音:二度とチャットで感嘆符を多用するな。

 すると、今度は別の名前からメッセージが割り込んできた。有原有朱だった。

 ≫有朱:有朱たちを焼こうとしたのと同じ火の感じだったねー (・ω<)☆

 可愛らしい顔文字がメッセージの最後に添えられている。無音は端末の画面を数秒見つめた後、小さくため息をついた。

≫無音:忙しい。精神科に行く時間。

 そう打ち込むと、無音は端末をポケットにしまい、再び重力に逆らってふわりと進み始めた。空を見ると、黒い煙が不吉な軌跡を描いて東京市国の空に何か描こうとしているところだった。

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