年の功、人の情

 冒険者は命の危険と隣り合わせである。

 そうなれば当然ながら、危機から生還できるように武器防具、その他消耗品は必須だ。

 そこに需要が生まれる。需要があれば当然供給も生まれる。

 必然的に、冒険者ギルド近辺はそれらを扱う商店が連なり、ギルドから卸された素材を加工する鍛冶屋が現れ、更に任務から帰還し疲弊した肉体と精神を癒し、渇きを潤し、そして一晩限りの出会いを求めに酒場や通りこそ違うが『色』を売る店に向かう者がいる。

 その通りから少しばかり離れた場所。そんな喧騒が微かに聞こえるような場所に宿場が並んでいる。

 その内の一つ。少し冒険者と言う職業に慣れ始めた者が好んで使う宿にジェナ達はいた。

 まだ明るい時間ではあるが彼女達は部屋の中で各々が思い思いに過ごしていた。


「先日の戦闘で、私達は何もできませんでした。…自分達の身を守ることに手一杯で、ジョーさんの脚を引っ張る結果になってしまいました」


 最初にジェナが口を開く。その表情は普段の様子からは想像できない程に、そしてこれ以上なく判り易く落ち込んでいる。

 

「……どうするべき、でしょうか」


 快活なジェナにしては珍しい、沈んだ声で残りの二人に問いかける。


「どうしようも無いでしょう」


 それをルーメンは切り捨てる。

 ジェナとクリスの視線が彼女に向いた。

 彼女達の視線を受けて、ルーメンは再び口を開いた。


「そもそも、今回のクエストで発生したあの戦闘は想定外の物でした。あのような格上相手の乱戦なんて、私達、いえたとえ金級の冒険者であっても全滅。いいとこ数人生還できただけでも御の字。五体満足、尚且つ誰一人の犠牲も無く生還できたこと自体が奇跡なのです」


 つまり、と彼女は続ける。


「ジョーさんが居なければ、今頃あの畜生共の胃袋で溶かされて跡形もなくなっていたのです。今回の件について、わたくし達は何ら気負う必要はありません」


 それだけを言うとルーメンは手元に視線を落とし、あの戦いでやむを得ず行ってしまった近接攻撃や防御の為に酷使してしまった自身の杖のメンテナンスに戻る。

 

「そう、なのでしょうか…」


 彼女なりの不器用なフォローを聞いてもジェナの心は晴れなかった。

 思い浮かべるのはぎこちなくもジェネラルとライダーを相手取り、此方の被害を最小限にするべく孤軍奮闘していたジョーの後ろ姿。

 対して自分たちは通常のゴブリン複数を相手取ることに集中し、ジョーの援護に回ることもままならない。

 パーティーを組んでいるとはお世辞にも言えない、実力差故に多大な負担を掛けてしまった。生来心根の優しい少女はそれが引っかかってしまうのだ。


 その様子を見かねたのはルーメンだけではなかった。


「あのさ」


 沈黙を保っていたクリスが今度は口を開く。


「キミは色々考えこみすぎじゃないかな?」


 ジェナがクリスに目を向ける。陽光が部屋の中を照らす中、玉色の済んだ瞳はジェナを真っ直ぐ見据えた。


「今回のクエストは想定外なことが無ければ本来は僕たちで対処可能だった。いいかい? 想定外のことだ。誰も予想できなかったこと、その対応に対して何かを悩む必要はないんだ」

「冒険者は危機と隣り合わせだ。死ぬときは死ぬ。今回の件は不幸な事が起こったけど、幸運なことにジョーさんがいたから命を落とすことも無い処か、大した傷も無く帰ってこれた。それでいいじゃないか」


 しかしジェナの表情は晴れなかった。

 そう、ですね。


 その言葉を聞いたクリスは頭を掻きながらため息を吐く。


「それでもスッキリしないなら、彼と話してみたら?」


 曇っていた表情が初めて変わった。

 え、と微かに声を漏らし再び彼女を見るジェナ。


「確か、勢いのまま彼と組んだんでしょ? 君が懸念している問題に託けて、腹を割って話し合ういい機会だと思うけど?」






「うんうん、つまりキミは勢いのままに初心者と組んだけど、いざ問題が起きた時にうまく対処できなかった。ってコトかな?」


 ギルド内、黒級冒険者エリーは同じく黒級冒険者であるジョーの話を聞いていた。

 聞いていた。とは評したが、実際の所は彼の微妙な表情の機微と、冒険者たちが話す噂を合わせて推測しているだけである。


「う~ん………ンン~……………まあ、たまぁ~によくある話だけど、まさかキミからそんな話を聞くことになるなんておねぇさんビックリ」


 そもそも彼がパーティを組んでいるという時点で耳を疑ったが、更にそれが初心者達からの勧誘ともなれば驚きもする。

 そんな内心はともかくとして、エリーの脳内は彼の抱える悩み、その原因について思考を巡らせていた。


―確かパーティーのメンバーは他に3人、全員女の子で現在は鉄級だっけ? で何やらバート君に報告してから5日は出てきてないって受付の人呟いていたね……

―男女間のアレコレで問題を起こすような子には見えないし、此処はクエストで失敗、いやランク外モンスターとの遭遇で撤退せざるを得なかった、って所かな


 自身の顎に手を当てエリーは思考する。

 彼女は長耳亜人である。只人よりも、いやそれどころか他の同胞よりもはるかに長い時を過ごした彼女は長年の経験からくる人付き合いと情報収集能力により信頼性の低い情報からでも共通項を見つけ出し、そこから骨組みを組み立てて自身の知識と組み合わせる。

 誰かの悩みを聞くとき、彼女は目の前の相手の話だけを信じることは無い。自身が得た情報、培ってきた知識を基に熟考し、問題の解決を図る。


―で、鉄級で受けれるクエストでモンスターと遭遇……大体のクエスト目標地点はあの森の辺り。で、そこに出没するモンスターと言えば……ゴブリン、スライム、洞窟方面でヴァンプバット……

―そこのエリアでランク外モンスターが現れる……あの森で一番可能性があるのはゴブリンキング…なんだけど……えぇー? に出て来たばかりなのにまた出たの? あとでバート君に詳しい話を聞いてみよっと。


 時間にして1分程度であろうか。考えを纏めた彼女は元気よく頷き、ジョーに顔を向ける。


「まあ、これはおねーさんの勝手な妄想だけどさ、もしかして問題ってクエストでランク外モンスターと遭遇しちゃったって感じカナ?」


 食事を終え、所在なさげに視線を机に落としていたジョーが反応する。

 無口ながらも顔を彼女の方にに勢いよく向け、目を見開き彼女を向ける。一言で説明すれば驚愕したのだ。


「ふふ~ん? ドンピシャ、だね」


 得意げに笑みを浮かべながら彼女は続ける。


「んーまあ、キミがパーティーを組むことを否定するつもりはないよ。他のクランだって上のクラスの冒険者が引率することだってあるからね。キミ達が遭遇したのは不幸な事故みたいなもの」

「ランク外モンスターなんて、そもそも頻繁に発生する物じゃあない。だって、基本的に討伐対象はヒトの行動範囲内か、居ると困る場所に縄張りを作って行動してしまったモンスターが主だからね。そこに突発的にモンスターがやってきて被害を振りまくなんてそうそうあっていい話じゃない。もしそうなら冒険者のランク何て唯のお飾りになっちゃうよ」

「ソレにほら、聞いた話じゃ彼女達のランクに合わせたクエストを受注しているって話じゃん? 無茶なクエストを受けている訳じゃないからキミの行動が間違っている訳じゃないと思うなぁ」


 しかしジョーの所作は何処か落ち込んだままである。

 それを見たエリーは更に思考を重ねる。今度は彼自身の、内面的な要因について。


―ン~…無口なのは知っていたけど、話すことが嫌いとか話す必要が無いって考えているようには見えないなぁ。そうだったらまず誘いなんて無視するだろうし。

―てなると、話すことが苦手とかかな? うわぁ~……この手合いで一番多いのは自分に自信が無いからだけど、仮にも黒級でしょ? ちょっとは自信持っても良いと思うんだけどなぁ


 流石に対人経験が豊富故か先ほどよりもあっさりと答えに辿り着いた彼女は言葉を続ける。


「ジョー君はさ、難しく考えすぎじゃないかな?」


 目の前の巨漢が自身の方を向く。答えを待つ生徒の様な目を彼女に向けながら。


「例えば、君がクエストを受けなかったら他の鉄級冒険者が命を落としていたかもしれない。君がいたから被害を出さずに済んだし、君のパーティメンバーも死なないで帰ってこれた」

「過程を無視するわけじゃないけど、終わり良ければ総て良し。冒険者なんてそんな考えでいいんだよ。それでも心にモヤモヤが残るんだったら、一度パーティーメンバーと話し合ってみるのも手だと思うナ」


 その言葉を聞いたジョーは腕を組んで暫く動かなかった。

 やがて彼の中で自分なりの答えを得たのか、一つ頷くと口を開く。


「あの」

「ありがとう、ござい、ます」

「その……ほとんど、話し、ていないのに、色々、考えて、助言を、頂いて」

「おれ、いは、また後日、させて頂きます」


「え? ……あ、あぁううん、別に良いよ良いよ! なんといってもおねーさんですから!」


 隣にいる彼女にしか届かない、初めて聞いた彼の声に驚きながらもそう返すと再び一礼をして席を立ち、ギルドの出口に向かった。

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