悪魔の存在証明

蒼星絵夏

第1話 挨拶

 ー天才とは苦痛を無限にしのぶ能力のあるものだというが、こいつはきわめて拙劣な定義だ。こいつはむしろ探偵に下すべき定義だよー

『緋色の研究』シャーロック・ホームズ


手記1

 絶対に許さない。こんな地獄が続くくらいなら命を絶った方がマシだ。私の気持ちなんてあいつは微塵も知らないし考えもしないだろう。誰に何と言われようと、自分の人生は自分で決める。たとえ、それが人として誤ったものだとしてもーー。


第1章 挨拶

「はじめまして。只今紹介にあずかりました、本研究会創始者であり代表者を務める石塚です。どうぞ宜しく」


 ハンチング帽を胸元でくゆらせながら、白髭をたくわえた漆黒のトレンチコートを着た男が言った。


「そしてようこそ、我がミステリ探偵研究会へ。君たちは難関なる選考試験に合格した、選ばれし未来の探偵だ。過去所属していたOB・OG達から、推理小説家として筆を執る者、刑事・検事として活躍する者、そして私立探偵となる者は大勢いる。私か?私はいずれも経験している。今は引退して隠居生活を楽しんでいるがな。さて、諸君に期待していることは机上で空論を弄ぶことでも、仲間内で和気藹々と推理小説の感想を語り合うことでもない。ずばり、君たちが探偵となり、山ある難事件を実際に解決する過程を味わい、この経験を糧に真の実力をもつ名探偵となってほしい」


 ここで男がゴホンと息を打った。依然として静寂が続いている。


「もう既に名実とも優れた研究会と自負しているが、実績を残し続けることに意義があると創始者として感じている所存である。ここを志した者なら聞いた事があるだろうが、再度説明しておこう」


 と言って、男はA4用紙を部員達に配り始めた。


「『事件(刑事民事を問わないが代表者の認める規模と難易度のもの。)を我が研究会の定める〝探偵術〟によって解決し、被害者から感謝の意を受けた者』にホームズコインを1つ授与する。それを5つ集めた者には、本研究会の現代表者つまり私の事だね、に可能な限りの願いを1つ叶えてもらえる。えー、私が過去に贈与した例は10億円、アガサ・クリスティの使用した羽根ペン、乱歩から貰った探偵七つ道具だな。何か欲しいものがあれば言ってくれ」


 アガサ・クリスティの名があがると同時に静寂は破られた。さすがに難関試験を突破しただけのことはあって、その辺の価値が皆は分かっているようだ。まだざわざわが止まらない。


「裏面が、〝探偵術〟の定義と研究会規則だ。それさえ遵守していれば何をしようと研究会としては自由である。さあ、君達の有する知識をフルに活用し、数ある難事件を解決したまえ。健闘を祈る」


 コートを翻した途端、部室から男の姿が消えた。再びざわざわしだすが、私はお構いなく先ほど配られたA4用紙裏面を読み始めた。


 ***


『ミステリ探偵研究会の規則』

 第1.本研究会が定める〝探偵術〟とは、自ら収集した客観的証拠に基づく論理だった証明のことである。尚、警察機関等に協力を仰いでも構わない。本研究会の所属を証明する〝探偵カード〟を見せれば(石塚代表の権力で)基本的に協力に応じて貰える。探偵カードの譲渡譲受は固く禁ずる。紛失した場合、罰金50万円を徴収する。

 第2.表面に定義される者には、ホームズコイン(本研究会の造幣したホームズ像の彫られた金のコインを指す。以下コインという。)が授与される。コインの使用収益処分は所有者の自由であるが、部員内での譲渡譲受は禁止する。

 第3.如何なる事情があろうとも紳士な探偵でいること。犯罪行為やそれに準ずる行為をすることは固く禁ずる。前述行為が認められた場合、例外なく除籍処分とする。

 第4.入部希望者は必ず筆記試験(春学期に1度のみ実施する。)を受験すること。筆記試験は在学中の部員全員が最低1問作成する計50問で構成され、原則内容はいかなるものでも構わないが、編成する本研究会代表者は作成された問題を取捨選択したり、追記したりする権限を有する。また解答が一義に定まるものでなければならない。本試験の成績順に次期幹事役職(10名)を定めるものとする。

 第5.入部資格は本大学に在学中(年齢や学部を問わない)でミステリ探偵小説を愛する者とする。一期ごとに上記試験トップ20名が入部資格を得る。卒業後も活動可能だが探偵カードは回収される。.........


 長ったらしいが、結局は犯罪さえしなければなんでもいいということらしい。あの紳士的な男の説明で私はとんでもないサークルに入部してしまったと気づいた。確かに試験がある時点でおかしいとは思った。大学の友達に金に困っていると相談したらこの奇妙なサークルを紹介されたのだが、私は軽く推理小説を読むのが好きなだけで探偵になるつもりなんてサラサラない。一応私はこの有名国立のZ大学に首席で合格しているくらいに学力には自信があるが、それでも幹事役職選出の達しが無いということは試験は11位以下であることが確実である。簡単に稼げそうになく大きな溜息をついてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔の存在証明 蒼星絵夏 @Aohoshi-414731

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ