無意識に自己犠牲精神を発揮してしまう男の名は揚羽紅ですか!?~真相確認のためいざ物語へLets' GoGo!~
光影
第1話 セカンドライフ
疲れた。
生きることに。
「仲間(同期)と一緒に活躍して有名な魔法師になりたい」
そんな明るい夢を見ていた。
しかし……現実は違う。
どれだけ世の中が不条理で包まれているのか、それを知らなかった。
無知な人間は大人になって現実を知った。
大人になって。
社会に出て。
初めて気づいた。
世の中で自分がどれだけ無力でちっぽけな存在なのか。
学生の頃の評価なんて社会ではなんの役にも立たない。
なぜなら求められる結果が違うからだ。
特段目立ったモノがない人間を社会が特別欲する理由はない。
時代に囚われず常に社会が求めるのは求められた結果を残す人間。
その手段は多種多様で必ずしも一つとは限らない。
そうじゃない奴はクズやゴミ呼ばわりされる。
かつては結果を残していた魔法師も—―その一人となった。
過酷な環境に身を置き、心身がボロボロになったその男は心が病み自身のパフォーマンスを発揮できなくなった。
それまでは周りから重宝されていた人材でも急に手のひら返しによる仕打ち。
この時、周りに味方は殆どいなかった。
めっきが剝がれ上辺だけの関係が総崩れ。
大波のように襲って来た悪口や嫌がらせから逃げるように男は表舞台から姿を消した。
津波で起きた災害のように波が消えても男の心はすぐに復旧はしなかった。
その男の名は揚羽 紅(あげは くれない)。
魔法師名は隻眼の悪魔(せきがんのあくま)。
過去本名ではなく魔法師名が有名になり過ぎた話は王都では有名な話だ。
王都で一番偉い人が住む王城。
そこで魔法師として働いていた揚羽は現役時代の貯金を頼りに密かに貧しい生活をしている。
簡単に説明するなら、心の療養が思うように上手くいかず、いつまで続くかわからない不安や焦りに有限である財源の支出を抑えた生活。
最近はそんな人生も悪くないと今の生活が成り立っているだけでもありがたいと開き直り始めている。
これは三年以上続くカウンセリングがようやく小さい実を付けたとも言える結果なのかもしれない。
揚羽は家の窓から見る大空を見て、
「今度は一人でコツコツする仕事でもするかー」
と、珍しく前向きな言葉を小さい声ではあったが発した。
それから五年後。
大きな遠回りこそあったが、かつての旧友の力を借りて世間体も良い公務員の職に見事着くことができた。給与も良く、休日もしっかりある。なにより普通に働くよりは自由がある?と思われる。と自分に言い聞かせる揚羽は再度自分に向けられた視線の先を見る。
王都直営。オルメス市立胡蝶高等学園。
そこの生徒指導。別名――特別生徒保護組織(スチューデントガーディアン)。
即ち――緊急時の最前線などと呼ばれる何もない時は暇な部署で緊急時には忙しいそんな言葉と表現が似合う場所に配属された。
基本的な生徒指導は生徒指導の先生が行う。
では揚羽の部署は何をするか。
例えば生徒が誘拐や事件に巻き込まれた際、生徒の安全を最優先として動き、その後の生徒の心身のケアなども担当する。言わば胡蝶高等学園に通う生徒の安全守る役目を担っている。
なので普段はのんびり適当な仕事をして、緊急時には迅速に問題を片付ける。などと建て前上はそうなのが、実際の所は緊急なことなんて殆ど起きないので、教職員の中では税金泥棒部屋と呼ばれている窓際部署でもある。
そこから退職届を出し出ていく者はいても、這い上がって日の出を見た職員は過去一人もいない底辺の中の底辺。そんな底辺を総評してそこに配属された者は≪底辺教師(カーストティーチャー)≫と教職員だけでなく一部の生徒にもそう呼ばれていた。
朝八時。勤務開始時間。
生徒たちを校門で迎え入れるため、当番の先生たちが準備を始める。
他の先生たちも自分が担当する教科の指導準備を始め一気に職員室内全体が忙しい空気に包まれる。
一方揚羽はやる事がなくぽけっーと椅子に座り天井を見上げていた。
耳を澄ませば時々聞こえてくる悪口。
だけど一度地獄を経験した者にとっては、まだ序の口だったので思ったより心が病むことはなかった。
薬を服用しているとはいえ、これはこれで成長したな。と自分を褒める揚羽。
これを慣れと言っていいのか……そんな疑問が浮かんだ。
それと学園長の顔が目の前に浮かんだ。
「ちょっといいかい?」
「……はい」
学園長に呼ばれそのまま学園長室に案内される。
学園長は今年定年を迎える老女。体系は細く、黒のスーツ姿。
白髪交じりの長い髪は後ろで纏められており、背筋も真っ直ぐと年寄りにしては元気が良さそう、と言うのが揚羽の感想だった。
「アンタだけが頼りだ。だから採用した」
「……やっぱり理由がありますよね……あははっ」
「だね」
そう言うと机の中から一つの封筒を取り出して、なにもない壁にぽけっーとした視線を向け続ける揚羽の前に突き出す。
「先日。生徒の一人が不審な集団に捕まり何処かに連れ去られそうになった。偶然私の娘が仕事帰り生徒の悲鳴を聞き駆けつけたため大事にはならなかった。そこで頼みがある。不審な集団を早急に壊滅させて欲しいと言うのが今回の任務だ。詳細はこの中にある」
「……わかりました」
「気を付けるんだよ。それと任務については余計な口外は避けるようね。今のご時世色々と面倒だからね」
「…………」
学園長室を出て、揚羽は胡蝶に設置された特別武器庫へと足を運んだ。
これは職員室と繋がっている一室で、不審者などに対応するための武器庫でもある。
実はその奥にもう一室別の特別武器庫が存在する。
そこは極秘裏に設置された隠し部屋で知る者は教員でもごく一部。
そんな部屋へ採用時に受け取った専用ICカードと教員資格証を使い入室。そこで万が一の事態に備え装備を整える。
「俺が過去に使っていたものまで……。どこから持ってきたんだ?」
懐かしいものに目を奪われたがすぐに正気に戻り、揚羽は特別なスーツに身を包み、封筒の中にあった地図で目的地を確認した。
――三十分後。
地図にあった場所(隠れ家)に到着。
一見ただの一軒家。それも住宅街にあるなんの違和感もない。
だが巧妙に隠された殺気だけが気になってしまう。
一般人レベルでは絶対に気づかないレベルが高い魔法が使われている。
「俺が近づく度に殺気が強くなるって絶対バレてるよな……あぁー憂鬱だぁ」
やれやれ、と首を振って自分を納得させる揚羽。
――ピーンポーン。
人差し指で玄関前にあるインターホンのボタンを押す。
反応がない。
――ピポピポピポピーンポーン。
少しリズミカルに押してみる。
「あぁ!? てめぇ喧嘩売ってんのか!」
インターホンから厳つい声が流れてきた。
なので。
――ピピピポピピーポーンポーン。
今度はリズムを変えてみる。
「すみません。これでいいですか?」
「そういう問題じゃねぇ!」
再びインターホンから聞こえてくる声に怒られる揚羽は口を尖らせる。
そして。
――ピーンポーン――ピピピポピピポーンポーン。
「どうですかぁ!?」
「ざけんなぁ!! 人ん家のインターホンで演奏してんじゃねぇぞ! 殺すぞおっさん!」
嫌な予感がしたので一度深呼吸をして冷静になる。
インターホンから目を離し家の方に目を向けると、五つの銃口が向けられているこにようやく気づいた揚羽の口から「……えっ」と驚きの声が漏れた。
「お前軍か? 警察か? それとも民営の警備会社か? まぁいい。どの道ここを知られてしまった以上お前を消して次の拠点に移動するだけだ」
くだらない。
それが揚羽の心の声だった。
若い少女を対象とした人身売買や過激なビデオ撮影。そういった非合法なやり方で利益を上げる悪い集団。彼らは非合法で得た利益で生活をしている。つまり全ては生きるため。そう思えば彼らにも情状酌量の余地があるのだろうがその当事者になった者からしたらそれで済まされたらたまったものではないだろうと揚羽。
生きる環境や世界が違えばあるいは違う未来が自分にも彼らにもあったのだろうと。まぁ、今回はいつもと違う理由で拉致事件を起こしたようだが。
「三下ばかりの末端組織なら武装する必要はなかった」
「そうかい。なら死ね!」
それがインターホンから聞こえてきた最後の声だった。
ぶつっ、と通信が切れる音と一緒に五発の銃弾が撃たれる。
ただの銃撃などあの頃に比べたらなにも恐くはない。
普通の銃弾は真っ直ぐにしか飛ばない。
途中で軌道が変わったり速度が変わったりもしない。
だったら――。銃口の先にしか銃弾は飛んでこない。
バキンッ!!
銃弾は揚羽に当たる直前。
目に見えない透明の壁にぶつかって簡単に無力化されてしまう。
「チッ」
舌打ちと同時にもう一度狙撃を試みようとする者たちに揚羽が背中を見せる。
「ムキにならない。環境の変化に気づけ」
引き金が引かれる瞬間、家の中から不気味に顔を見せていた銃口が一斉に消えた。
スマートフォンで「任務完了」と文字を打ち送信。
すると学園長からすぐに返事がきた。
――よくやってくれた
犯人の集団を無傷で無力化。
これが今回揚羽に与えられた任務だった。
ここから先は学園長と警察の仕事である。
――どうやって無力化したんだい?
――酸欠です
――結解による密閉と視認が難しい高密度高純度の炎魔法による燃焼かい? ちゃんと証拠は消しとくんだよ
――承知いたしました
揚羽はスマートフォンをポケットにしまって、その場から立ち去った。
服用中のためか、初任務達成の達成感はなかった。
それどころかなんで俺この仕事始めたんだろうと……揚羽は自分に疑問を抱くも帰宅途中その答えはでなかった。
ただ生活のため……それだけなのか。
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後書き
このあとすぐに次話更新します。
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