足音がもう一つ【ショートストーリー】
砂坂よつば
振り向けば彼がいた
駅から徒歩約8分のところに商店街がある。商店街の中を歩くと右手に花屋が見え、そこから3軒隣に【courage(クラージュ)】という店名のスナックが17時半〜夜中1時まで営業している。
大学に入学して1ヶ月後そのスナックのママであるお母さんの友達に「人手不足だから手伝って」とお願いされてからあっという間に4年が経ち。
今では常連のお客さんの顔と名前を覚えたし、覚えてもらった。常連のほどんどが年配かママと同じ40代後半〜60代が多く、時々会社の上司の付き添いで20代や30代の客が来りするそれなりに繁盛しているお店だ。
とある土曜日20時頃、カウンターの中央の席で1組の常連客の1人、F原がジョッキグラスに入ったビールを半分飲んだところで、グラスから口を離しプハーっと一呼吸し、ポツリと話しはじめた。
常連客F原「……最近、新聞やラジオでも取り上げれた話なんだけどさぁ。世の中物騒になったよねぇ」
F原の隣に座るG田が鼻で笑う。
常連客G田「はんっ、バカ言いなさいよぉ。あんなの昔っからある話じゃいないのぉ」
2人はこの店が開業した時から来てくれる古参客だ。
常連客F原「そうだけどねぇ。……被害件数多すぎじゃないぃ?あたし、狙われていたらどうしょうって思ちゃう」
常連客G田「なぁに言ってるのよぉ、あんたのそのご自慢の筋肉ゴリッゴリッの身体だったら、狙われないわよぉ。逆に待ち伏せとかして狙っちゃいなさいよッ。案外好みのタイプかもよ」
常連客F原「それもそうねぇ」
常連客G田とF原はガハハハと大笑いしている。2人のゴージャスかつエレガントなドレス姿、キラキラした濃くて美しいアーティスティックなメイク。ド派手で奇抜なヘアースタイルの見た目と裏腹な野太い声が店内中に響き渡る。
彼らが昼間商店街で働く姿と違った素性をママから聞かされた時すごく驚いた。
世の中にはわたしの知らない世界もあるんだなと思った。
じゅのはお通しの枝豆をF原とG田の目の前に置き、問いかける。
じゅの「一体何の話ですか?」
常連客G田「ストーカーよ、ストーカー。丁度じゅのやママくらいの身長(160cm)で、茶髪のロングヘアーの女性ばかり狙っているみたいなのよぉ、気をつけなさい。それにしても昨今の若人はニュースなんて興味ないから身近な情報すら届いてないのかしら」
常連客F原「おネェさま、それは言い過ぎよぉ。世の中情報社会よ。情報が溢れすぎて伝わり難いのッ!なんにしても、帰り道は気をつけなさい」
じゅの「ありがとうございます。でもわたしなら大丈夫です!」
精一杯の笑顔を2人に振るが、どこか引きつっている。
実はじゅの中で思い当たる節があった。最近バイトの帰り道、人の気配を後ろから感じていたからだ。
じゅのはこれ以上2人の話を聞くのが怖くなり離れるようにテーブル席で注文を待つ客の方へ向かった。
深夜2時。本日の営業を終え帰路に着く。商店街を抜けしばらく真っ直ぐ歩くと自分の足音と一歩遅れてもう一つの足音が聞こえる。
『あぁ、やっぱりこれストーカーだったんだ』
じゅのは少しずつ早足になる。2つ目の交差点を渡り曲がり角に入った所で走る。
ストーカーの方もじゅのに合わせて走ってきた。
もうすぐ交番が見える。そこでじゅのはぴたりと急に立ち止まり振り返った。
そして———。
じゅの「わたしに一体何の用なの?!」
と叫ぶ。
見知らぬストーカーだと思い込んでいた相手は、まさか高校2年の時に付き合った元カレF本だった。
(終)
※
足音がもう一つ【ショートストーリー】 砂坂よつば @yotsuba666
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