bury me

.六条河原おにびんびn

第1話

多分お互いろくでなしだった。


わたしは彼を殺す。なんだかよく分からない壺で叩き殺した。幸福の180万円の壺で彼を。可哀想だから。彼が彼自身、つまり自分で望むような人間じゃなくなっちゃったから殺した。殺してあげた?ううん、お為倒ためごかしなんてしない。わたしはわたしの義務感を持って殺した。


彼は血の海でぴくぴくと痙攣する。ああまだ生きてる。殺してあげなきゃ可哀想だ。

仰向けに転がして馬乗りになる。その首に両手をかけた。女の力で男の首って絞められるものなのか知らないけれど、もう死にかけているのだし。

寒気のする感覚だった。一思いに死なせてあげたいのに、早く楽にしてあげたいのに、やっぱりまだ迷いのあった腕に力は入らない。壺を振り下ろすのは一瞬だったのに。もし銃だったら、彼の肉感を知らないで済んだ代わりに肩を痛めたかも知れない。でも壺を振り下ろしたわたしの手は、その衝撃で麻痺しているのか、彼を殺すこの状況に冷たくなっているのか自分でも分からない。

「ごめんね」

彼の痙攣が止まる。

「いいよ」

頭が搗ち割られているのに彼はなんでもないように答えた。首を絞めたままのわたしの手に生温かい手を重ねもした。ひょいと身体を起こしている。打ちどころが悪くて、もう何も感じないのかもしれない。だとしたらわたしのするkとは、あとほんの数秒、待つだけだ。

「殺してくれてありがとう。バカは死ななきゃ治らないっていつも言ってくれてたもんね。やっと目が覚めたよ」

鼻血をだらだらと垂らしながら彼が言った。バカだけどそこが可愛かった。けれど度を越したら、もう愚かだ。可愛いでは済まなくなる。誰かを騙したら、犯罪に加担したら、払いきれないほどの非合法な借金を背負ったら。

「好き好き」

 最期だから血と脳髄で汚れるのも構わなかった。抱き合うといつものようにぐりぐりと頭を振る。

「今度はイヌに生まれてきなさい。そのときは、わたしが一生面倒を看る」

「どうするの、これから」

「自首しにいく」

 彼は首を傾げた。

「そうしたら、オレが生まれ変わったときにオレのお世話できないじゃん」

 彼は頭蓋骨の半分が割れているのに難無く立ち上がった。

「どこ行くの」

「埋めに行く」

 何を埋めるというのだろう。彼を殴った壺をだろうか。でも彼は壺を拾うこともなく玄関に向かう。

「何を埋めるの」

 わたしだろうか。自分の仇を討つのかも知れない。それも仕方のないことだ。わたしは覚悟した。怖くはあるけれど。

「埋めに行くっていうか、埋まりに行く。見つかったらヤバいでしょ。一緒に埋めに行こう。埋まるのはオレなんだケド……」



 わたしたちは山奥に向かって穴を掘った。掘っている最中、色々なことを話した。これが最期だと思うと意地も張っていられない。大好きなところも大嫌いだったところもすべて打ち明ける。彼は気分を害することもなくうん、うん、って相槌を打った。彼が実際に入って深さを試す。血だらけの頭になってもぴんぴんとしている彼がわたしを見上げる。わたしは彼を見下ろす。今まで、わたしは意地を張りすぎた。バカな彼を律しないといけないと思って、結局は呑まれていた。わたしが素直でいたなら。意地を張らなければこうはならなかったのかも知れない。きちんと顔を突き合わせて、話し合って、止めていれば。

「いいよ、かけて」

 わたしは堪らなくなった。スコップで彼の首を切り取って持ち帰る。

 これからはもうバカなことをしない、もうバカなことはできない彼とひっそり、今後は素直に暮らす。


<2022.1.21>

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