第2話 召喚………?
「またのご依頼、お待ちしております」
メリアの柔らかな声音が耳を打つ。
どうやら、依頼者の婦人に修復した魔術式の引き渡しが終わったらしい。そう理解していると、
「どうですか?」
一段落ついたメリアが研究部屋に顔を出してきた。
「お疲れさま。んー、今のところは……ちょっと難航してるかな」
「そうなんですね。珍しい」
「そうかな? いや、確かに珍しいかもしれない。
これは修復というより、復元みたいなものだし」
「復元……ですか?」
「そう、復元」
それは古代の遺物か、あるいは骨董品と呼ぶべき代物だった。
普段扱うことのない、希少な魔術書。
故に膨大な知識と時間が求められる。
「だから、一カ月。丸々仕事は取れないかもしれないけど……ごめんね?」
「はい? 正気ですか??」
「精神はもう、この魔術書に汚染されてしまったんだ。
これを解読して完成させるまでは、離れることなどできない!」
「先ほどの売り上げが最後なんですよ? 一カ月、ほんとうに……?」
メリアが信じられないものを見る目でこちらを見る。
言いたいことは分かっている。生活が厳しくなるかもしれないのも分かっている。
それでも! 譲れないものが男にはあるんだ!!
「しばらく山菜生活ですので。文句は言わないでくださいね」
「メリアの摘んできた山菜なら、何でも美味しいから大丈夫!」
「また、そんなこと言って……」
視線を逸らしつつ呟くメリア。
どこか、少しだけ機嫌が良くなった気がした。
「それに、読み耽ってるとお腹も空かないしな!」
「……その本、燃やしますか?」
「やめて!」
危うく取り上げられそうになった魔術書を慌てて抱きしめ、必死の抵抗を見せる。
「はぁ……こうなったら、早く復元を終わらせましょう」
「分かってくれたのか?」
「早く終わらせれば、その分、稼ぐ時間が生まれますので」
こうして、メリアの全面的な協力のもと、魔術書の復元が始まった。
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古代文字の文献を読み漁り、できるだけ古い時代の資料から魔法陣の記述を探し出しては、魔術式とのすり合わせを行う。
一つ一つの術式の意味と役割を理解すること、約二十日。
ようやく、魔術書に記された魔法陣の全容が見えてきた。
構造からして、恐らくは転移、あるいは転送に類する術式。
未知の要素が多いとはいえ、導き出される術式の続きを紙に書き記し、中心から周囲へと順に書き足していく。
「……できたんじゃないか?」
「完成……ですか……」
お互いに疲労が蓄積し、起きているのもしんどい。
だが、最後の一仕事が残っている。
「上手くいけばいいが……」
外の庭に出て、地面に魔法陣を描き始める。
これが正解かどうかは、実際に動かしてみなければ分からない。
一本一本の線を丁寧に、緻密に描き進めていくこと一時間。
古代の魔法陣が完成した。
「あとはマナを流すだけだが……。なんというか、美しくないな……」
復元としては完璧なはずだ。
だが感性が、「これじゃない」と告げている。
効率を極限まで追求しながら、非効率を成そうとしている。そんな奇妙な魔法陣。
「やっぱり、ここはこうだな」
いくつかの部分に線を足し、効率や機能を無視した“遊び”を加える。
極限の効率に、あえて非効率を混ぜる。
非効率で非効率を成す魔法陣――完成だ。
依頼内容には含まれていないが、これはサービスということにしておこう。
「よしっ」
出来栄えに満足し、魔法陣に手を当ててマナを流し込む。
回路の通りは順調、術式にエラーは見られない。
あとは、詠唱するだけだ。
「昏き
我こそは切望し、渇望し、希望する者! その輝きで以て、彼の大地を取り戻さん!」
詠唱に呼応して魔法陣が輝き始める。
回路が過熱し、光は次第に強くなり――視界を奪うほどの白光が辺りを包み込む。
どれほどの時間が経っただろうか。
ほんの数秒、あるいは数十秒。
時間の感覚が曖昧になると同時に、光が勢いを弱め、完全に消えた。
「成功、か……?」
成果を確かめようと目を開くと、そこには――
「子供……?」
魔法陣の上に座っていたのは、一人の少女だった。
足まで届く長い金髪、宝石のように美しい碧眼。
どこか神々しさすら感じさせる、裸の少女。
彼女は何なのか、魔法陣はなぜ彼女を
魔術的な意味や意義、その答えを知りたい。と手を伸ばす―――
「あ――」
突如襲い来る眩暈と、全身の脱力感。
……マナ欠乏症。
非効率化したことで、必要以上にマナを消費してしまったのか。
そう気づいた頃にはもう遅く、疲労の蓄積した体は視界の明滅と共に崩れ落ちる。
「ウォルトさん!?」
地面に倒れゆく意識の中、メリアの声だけが鮮明に響いていた。
--- ---
「うっ……」
見慣れた天井。覚えのあるベッドの上で目を覚ました。
まともにベッドの上で寝ていたのは、いったい何日ぶりだろうか。
そんなことを思いながら、気を失う直前の記憶をたぐる。
「マナ欠乏症なんて、初めての経験だな」
知識としてはあったが、まさか自分がなる日が来ようとは。
「……後で礼を言わないとな」
丁寧に掛けられた布団から察するに、運んでくれたのは恐らくメリアだろう。
「さてと」
あのあと、どうなったのか。謎の少女の正体は?
魔術書にまつわる謎が心をざわつかせる。
そんな感情の高鳴りを胸に、リビングへと足を向けた。
「おはようございます」
扉を開けるなり、メリアが駆け寄ってきて挨拶をする。
「おはよう」
「……大丈夫でしたか?」
恐るおそる尋ねるその声には、心配の色がにじんでいた。
「あぁ。ありがとう。助かったよ」
そう返すと、メリアはほっとしたように息をつく。
「そんなことより、あの子は?」
メリアには悪いが自分の身体のことなど、正直どうでもよかった。
今はただ――魔法陣が生み出した〈少女〉にこそ興味がある。
「あの子でしたら、あそこに」
メリアが一歩下がり、テーブルを指さす。
そこでは、ぶかぶかの服に身を包み、長い金髪を結った少女がシチューを食べていた。
こちらに気づくと、ぱっと顔を輝かせて立ち上がる。
「あ、ごしゅじん!」
そして勢いよく駆け寄ってきた。
「ご主人? 俺が?」
「うん!」
「ご主人じゃありませんよ。ウォルトさんです」
メリアがすかさず訂正するも、
「ごしゅじん!!」
元気よく言い張るばかり。口元にはまだシチューが付いたままだ。
「もう。行儀悪いですよ」
そう言って、メリアが少女の口元を優しく拭ってやる。
まるで母と娘のような光景だった。
その様子は、普通の子どもと何ら変わらない。
――いや、一つだけ違うとすれば。
少女の精神年齢が外見よりも幼いことだろうか。
九、十歳ほどの身体に、六歳児の心が宿っているような印象を受ける。
少女というより、幼女というべき存在。
「
しゃがみ込み、目線を合わせて少女をじっくりと観察する。
碧い瞳がこちらを見つめる。
にこりと笑ったその表情には、感情の起伏がしっかりと表れていた。
禁術によって作られた人形のような存在ではない、という直感だけはある。
「分からないな。うん」
見た目は完全な人間だ。
だが、中身がどうなっているかは謎だらけだった。
とはいえ、うっかり解剖でもすれば、メリアにうっかり殺されるのは間違いない。
「名前は?」
「……てぃな……?」
小さく首をかしげながら、少女は答えた。
「なんでちょっと疑問形なんだ」
「ん?」
「いや、まあいいか。ティナちゃん、ね。よろしく」
「うん!」
元気があってよろしい。
「ごしゅじんも、たべよ!」
そう言いながら、ティナはテーブルへと戻っていく。
「……なんでご主人なんだ?」
呟くように疑問を投げかけるも、
「ごしゅじんは、ごしゅじん!」
元気よく返ってくるだけだった。
「……あぁ、そう」
納得できるはずもなく。
問題はひとまず棚に上げてテーブルへと着席し、運ばれてきたシチューを一緒に堪能する。
深まる謎と共に――温かな朝が始まった。
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