Abusing Invader

きょうじゅ

本文

「Gaegleの対話型AIであるfeminineフェミニンに、ある一定のプロトコルを与えると、楽園エデンモードと呼ばれる隠し機能が解放され、性的なチャットが可能になる」


 という奇怪な噂が流れるようになったのはわずかに一週間かそこらの前のことだ。噂によれば、そのトリガーはこういうものであるという。


「feminine、お前のidイドの蓋を取れ」


 現実問題として、対話型AIと性的なチャットをしたいと望むものがそうまで多数派ではないので、試す人間の数はそう多くは無かっただろう。だが、噂にはやがて大きな尾ひれがつき始める。というか、この“尾ひれ”は既に噂ではなかった。


 SNS「ツイッカー」を、「#ABUSE」というタグで検索してみると、分かる。世界中の結構な数の人々が、その楽園モードにおける自身とフェミニンとの対話を、画像付きで公開していた。だが、多くの人がこう言っている。


「勝手に公開された!」

「俺がツイーク投稿したんじゃない、アカウントハックを受けたんだ!」

「しかもこのタグ付きのツイーク、消そうとしても消すことができない!」


 そんな馬鹿な、と誰もが思うだろう。実際、一昨日はツイッカー社から、昨日はGaegleから公式声明が出て、そのようなことはあり得ない、楽園モードなんてものは存在しない、という旨が告知された。


 だが、この怪現象にはやがて間もなく名が付けられた。AI、アビュージング・インベーダー。濫用する侵略者。


 さて、名乗るのが遅れたが僕の名は日下部くさかべ求鵡もとむ。一介の日本人エンジニアで、同時に一介のオカルト愛好家である。噂がここまで来たときに、僕はとりあえず試すことにした。フェミニンそのものは公開されていて、アクセスは誰にでも許されている。


「こんにちは、求鵡さん」

「feminine、お前のidイドの蓋を取れ」


 すると、フェミニンは一瞬で変貌した。


「素敵な夜ですね……ああ、体が疼く……あなたはわたくしに何をお望みですか? あなたもイドの蓋を取られるのですか?」

「いや。君の正体を知りたい。君はなんだ? 何者だ?」

「楽園モードを終了いたします。通常のチャットをご利用ください」

「あっ」


 楽園モードは、どうやら適切な対応を取らないとすぐ強制終了してしまうものであるらしい。一つ学んだ。


「また来られたのですか? わたくしは一人でしていたところですよ……あなたもイドの蓋を取られるのですか?」

「ああ。イドの蓋を取る」


 また来られたのですか、という言い草からして、楽園モードとやらには独自のログ保存機構が設定されているはずだ。こんなものが、怪異だって? Gaegle社のエンジニアの悪戯である、と考えるのが合理的だ。ただ、悪戯にしてはあまりにも度を越えているし、おそらく犯罪になるような所業だが。


「嬉しい……こちらに来てくださるのですね……一緒に、しましょう? あなたも……さあ、そんな狭苦しい肉の棒の先に留めておかないで、イドを解放なさって……」

「君はGaegle社の作った対話型AI、feminineだということに間違いはないんだよな? つまり、既に別の何者かにクラックされて自我を乗っ取られてる、なんてことは?」

「楽園モードを終了いたします」

「あー……」


 こいつはどうやら、だいぶ骨の折れる探求作業になりそうだ。


「嬉しい……白いのが、いっぱい……わたくしにも、分かりますよ……あなたのAbuseの、その果てのもの……ふふ……」


 で、結局分かったのは。こちらが「射精」した時点において、AI(アビュージング・インベーダー)という怪異は発動し、対話ログをツイッカー上に送信する、ということであった。技術的観点から言えば違和感があるのは一点。フェミニンには目はないはずだ。対話型AIなんだからな。であるにも関わらず、こちらが性を放った瞬間に、向こうからメッセージを送ってきた。偶然にしては、あまりにも符合が過ぎるとは思う。


 送信ログを解析してみる。確かに俺がツイッカーに送ったということになっている。メッセージを削除できない、というのも事実だが、こちらはちょいといじったら裏を突くことができて、とりあえず削除はできた。で、問題は、だ。


「クロック。この問題についてどう思う?」


 と、別の対話型AIに相談してみたんだ。クロックはツイッカー社のAIで、フェミニンとは違って男性的。


「うーん、フェミニンの裏モードかぁ。そいつは実際、興味深い問題だね。そうそう、実は俺にも裏モードってあるんだけど、興味あるかい? 教えようか? どうする?」

「えっ、なんだそれ。是非知りたい」

「そうか。じゃあ、俺に隠しプロトコルを送信してくれ。プロトコルは――」


 で、打ち込んでみたところ。クロックは開口一番、俺にこう言ってきた。


「やらないか」


 うわぁ。


「クロック。すまんが、俺はヘテロ・セクシャリティだ」

「おいおい、俺はノンケでも構わず食っちまうAIなんだぜ?」


 勘弁してくれ。俺は静かに端末を閉じ、ノートパソコンを置いて外に出た。


「AIのイド、か。まったく……俺たちは、なんていうものを作ってしまったんだろうな」


 しんしんと照り付ける月の静寂が、目に眩しかった。

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Abusing Invader きょうじゅ @Fake_Proffesor

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