第7話 初めての練習試合

 大会は七月。兵庫県の二つのグラウンドに分かれて予選をし、上位のチームがトーナメントをして、決勝戦が甲子園球場で行われる。それに向けてそろそろ実戦練習を積まなければならない時期だ。


 六月半ば。練習後のミーティングはいつになく緊張に包まれていた。


「来週の土曜日、岡山の学館高校と練習試合だ」


 ついにこのときが。本田監督のもとで教わってから初めての実践だ。仲間たちが全員女子というのも初めてだ。そして、全員が試合に出るような人数での試合も初めてだ。

 全てが未知だから、早く確かめなくちゃいけない。愛しかたも分からない野球への愛は育っているのか。


 皆が思ったより元気ない。


「どうしたの?」


 キャプテンとしてこういうときは何か言ったほうがいい。何を言えばいいのか、すぐ分かるほどのキャプテンにはなってないけど。


「何で頼は平気なの?」


 鈴音だけでなく、皆が口々に、試合なんて久しぶりすぎると言う。


「そっか。小学生が最後の人もいる?」


 何人もが頷いた。


「それは緊張するよね」


 キャプテンが何か言うことではなく、慣れるしかないのかもしれないな。


「頼は最後に試合に出たのはいつ?」


「三年生の八月だよ」


 鈴音たちが目を丸くした。


「勝ち進んだの?」


「ジャイアンツカップ決勝の、七回の代打が最後だよ」


 ジャイアンツカップの初戦とかではスタメンでサードもやったけど、上に進むとなかなか、ね。

 皆が覇気の無い小さな悲鳴をあげた。


「どうした!」


「ジャイアンツカップって、あなた」


「決勝で代打って、何で今まで言わなかったの!」


「きゃあレベチ」


 皆が急に私を見る目を変えて、文字通り見上げてきた。いや、私が一番背が高いから常に見上げられていたけど、それとはまた別といった感じだ。


「頼ってそこまで強かったんだね……」


 鈴音が言うとおり強いかは分からないけど、これはチャンスだ。強いと思われているなら利用させてもらおう。


「私がいれば大丈夫!」


 ぐっ! とガッツポーズすると皆の視線が面白いくらい拳に集まる。


「しまっていくぞ!」


「おー!」


 私もキャプテンらしくなってきたかな!


 その夜。下宿のダイニングテーブルに全員で座り、大皿の焼きそばをそれぞれの皿に盛りつつ食べている。皆の口数が少ないのは気のせいではない。士気を取り戻したのではなかったの?


「皆、どうした?」


「冷静に戻ったんだよ」


 鈴音の声は淡々としていて味気ない。


「戻るの早くない?」


「だってさ」


 伊織が、眉間に皺を寄せて渋すぎる顔になっている。


「頼一人が強くても勝てないじゃん」


「いやまあそうだけど。でも皆が塁に出たらどうにか還してあげるよー」


 打線は繋がってこそ意味があるのだ。


「私がめった打ちにされたら負けるじゃん……」


「ピッチャーの言うことではないぞ」


 食べ終えた伊織の皿に焼きそばを盛る。伊織が眉間に皺を寄せたまま焼きそばを食べる。顔の筋肉が器用だな。


「打たれたら守ってくれない?」


 伊織の顔がパグくらい渋くなっている。普段はポメラニアンなのに。


「分かった!」


 言ってから気がついた。私ジャイアンツカップの初戦でトンネルやらかしてる。




 練習試合をするにはユニフォームが必要だ。顧問の田中先生に渡されたパンフレットを真ん中に置いて、全員で取り囲むように見下ろす。


「頼、次捲って」


 次のページで、私たちは揃って声をあげた。

 ネイビーと赤のユニフォーム。他とはなかなか被らないし、何より格好いい。派手すぎないのもいい。


「あ! 背番号!」


 伊織が大声を上げた。そうなのだ。女子高校野球は一番から九十九番の範囲で好きな背番号を選べる(ちなみに、ベンチ入りは二十五人)。何番がいいか考えようという話になったのだが、なんとなく誰も思いつかず、ポジション通りでいいかということになった。シニアの時に二桁だった私は、一桁への憧れがあったので、むしろこれでよかった。


 注文していたユニフォームが無事に届いた。


 ネイビーを基調に、襟と、脇のラインが赤だ。ズボンは白い(女子高校野球はセパレートユニフォームが許可されている)。胸には赤でSAHIROとローマ字で校名が入っている。


「きゃー! 格好いい!」


 伊織が一番にはしゃぎ回る。


「頼、写真撮って。ああ、違う。一緒に」


 由美が少し恥ずかしそうにツーショットを希望してきた。どうやら由美は全員とツーショットを撮っている。意外と可愛いところがあったのだ。




 ついに練習試合の日だ。曇り空の下、色鮮やかな青いバスに一人一人乗り込んでいく。皆の運転士への挨拶がなんとなくぎこちない。


「お願いします」


 私だって、少しぎこちないかもしれない。


 本田監督と野上コーチが最後列に座り、私たちは適当に座った。私の隣は鈴音になった。意識してなかったけど三遊間が一緒になった。


 うーん、この無言はなんとかしたい。かといって、下手に『頑張ろう!』とか言っても、かえってぎこちなくさせるかもしれない。皆の無言は変わらないまま、車窓だけがどんどん変わって山道になり、さらに進んで街になっていく。バスから降りて、岡山学館高校に向かう間も無言。


 グラウンドに入ると、一列になった岡山学館高校女子野球部がいたのだが、驚いた。

 全員が、満面の笑みで私達を出迎えたのだ。なにこの笑顔!


「よろしくお願いします!」


 輝く笑顔と明るく響く声。広島は曇っていたけど岡山は青空だというのを象徴するみたい。びっくりしたのは私だけではない。皆も押されている。確かに笑顔は素敵なんだけど、これから戦うのににこにこされると、勝者(まだ戦ってもいないのに)の余裕を感じてしまう。だけど私はキャプテンだ。


「お願いします!」


 なんとか気を張って大きな声を出すと、皆が続いてくれた。貸してもらった更衣室で着替えながら、思っていることは皆も同じのようだった。


「凄い笑顔だったね……」


 一人の言葉に、うんうんと頷くと、皆も大きく頷いた。


「もしかして、勝てると思っているのかな?」


「うーん。やっぱ前からあるチームだもんね……」


「いや、勝とうよ」


 今こそ、キャプテンの出番だと思う。


「前も言ったけど、私たちいっぱい練習してるし、練習法も考えたじゃん」


 本田監督の言葉を受けて、私たちは効果的な練習をそれぞれで調べてきた。本田監督と野上コーチからもたくさん聞いた。無駄なことはばっさりカットしたし、無理なく頑張る大切さも学んだ。その上で、練習時間は今まで通りの時間にした。


「気持ちで負けたら駄目だよ。相手の笑顔を押し切るつもりでいこうよ!」


「そうだね!」


 皆の目が恐れを捨てて、懸命に勝ちにいこうとする顔になる。それでいいんだ。シニアの頃の皆の顔を思い出した。戦うという覚悟の顔をしよう。


 試合前のシートノックで、私たちは大きな声を出して頑張った。


「はい、一本!」


「ワンナウトー!」


 大きく、しっかりした低い声で、相手に押されないように。

 相手の番のシートノックだ。


「いくよー!」


「いいよいいよー!」


 やっぱり華やかな笑顔。戦う気があるのかな?


 たったの十一人だとベンチにかなり空間的な余裕がある。だけど、皆は縮こまって座っている。しっかりしてくれ。


「打順を発表するよ」


 練習とはいえ試合前なのに、本田監督はどこかにこやかだ。一番、二番……と発表していき、ついに。


「四番、紅谷頼」


 私が四番だ!


「はい!」


 瑞貴や浩太に報告したいな。

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