エピローグ①

 執務室の奥に秘密裏に造られた小さな部屋の中で、蘇芳は箱庭のような大きなジオラマを眺めていた。それは一部だけが解放されており全貌は明らかになっていなかったが、目に見える範囲はとても精巧な作りをしており、造った者の腕が伺える素晴らしい作品だった。


「なるほどね。そういうことか」


「どうしたの? 何かわかったのかしら? さっきからずっとそれ見てるみたいだけど。それって、例のゲームよね?」


 ユリウスは運んできた紅茶を蘇芳の前へ置くと、箱庭の前で長時間座ったままの蘇芳に不思議そうな視線をやった。


「ああ。でも、わかったと言っても、多分このゲームからしてみればほんの僅かなことなんだろうけどね。今日の紫蘭達の戦闘バトルで、どうして罪人候補生ギフテット・ワナビーズとペアを組むのかっていうのが、少しわかった気がしたよ」


「え? そうなの?」


 ユリウスは身を乗り出して蘇芳に先を促した。


「ああ。罪人ツミビトには、まあ彼らは候補生だが、本来、僕らとは別の能力ギフトみたいなものがあったんじゃないかな?」


罪人ツミビト独自の能力ギフトってこと?」


「まあ、そんな所だろう。加工コーティングって言ってたよ。能力保持者ギフテット能力ギフトを文字通り加工コーティングして、力を増幅、今日の場合は変化させていたみたいだね。そして紫蘭が、鈴蘭のドラゴンを討ち取って勝利を上げたよ」


 蘇芳が興味深げにそう言うと、ユリウスは端正な顔を大袈裟に崩して蘇芳に詰め寄った。


「紫蘭ちゃんがっ⁈ だって、紫蘭ちゃんって、あの、なんか鉄の塊みたいなのしか出せないんじゃなかったかしら?」


あのよくわからない能力ギフト、とユリウスは付け加えた。


「ああ、その通り。紫蘭が出したのはいつも通りの鉄くずだけど、パートナーのスメラギさんの能力ギフトっぽい力がそれを加工コーティングして、立派な槍へと変化させたんだ。それで鈴蘭のドラゴンを串刺しにしたよ。興味深いね。やっぱり、譲ってよかったよ。こんな面白いものが特等席で見られるんだからね」


 蘇芳がそう言って口元に笑みを浮かべると、ユリウスが不思議そうに首を傾げる。


「譲ってよかったって、どういうこと?」


「本来なら、僕が挑戦していたかもしれなかったんだ、このゲーム」


「どういうこと?」


 ユリウスが更に訳が分からないといった顔をしてみせる。


「あれ? 言わなかったかな? 最初このゲームは、僕を喰おうとしたんだよ」


 蘇芳は琥珀の瞳でユリウスを捉えると、にやりと口許を歪ませた。蘇芳が楽しそうにするりとその箱庭の側面を撫でるのを見て、ユリウスが不安げな視線を向ける。


「喰おうとしたって、ああもう蘇芳ちゃんっ、全然話が見えないわっ‼」


「このゲームは親父の荷物を整理していた時に偶然見つけてね。それで最初にこの箱に触れた時、事もあろうかこの箱は、僕を取り込もうとしたんだ」


「ええっ⁈ ちょっと、蘇芳ちゃんっ? そんなの私聞いてないわよっ⁈ なんでそんな危ない事をするのよっ!」


「ああ、言わなかったのは悪かった。結果なんともなかったからね、心配かけないようにしようと思ったんだ。許してくれ」


「……もうっ! そんな風に言われたら怒れないじゃないっ……それで、そこからどうしてゲームを開催することに繋がるのかしら?」


 少し拗ねたようにユリウスは蘇芳を見ると、一つ大きな溜息を吐いてまたそれを真剣な眼差しに戻した。


「ゲームに触れた時、突然能力ギフトが発動したんだ。いや、正確には良く分からない……多分、能力ギフトだったと思う。ただの箱だと思って油断していたのもあって、ちょっと体を持って行かれそうになったんだ、この中に」


 そう言うと蘇芳はちょんちょんと箱庭を指さした。


「ちょっとっ‼」


「まあ、結果的にはすぐに対応できたからなんともなかったんだけど、まあちょっと腕をやられてね」


 蘇芳はそう言うとカフスボタンを外して右腕を露呈させた。その変わり様に、ユリウスはぎょっと目を剥く。


「‼ ちょっとっ! なにその、蛇が巻き付いたみたいな跡はっ‼ ああ、蘇芳ちゃんの綺麗な肌に醜い跡がっ‼」


 ユリウスは光の速さで蘇芳の右腕を取ると、くまなく確認すべく間近まで顔を近づけた。蘇芳はその姿に思わず苦笑する。


「心配いらないよ。痛みもないし、放っておけばすぐに治るさ。話を戻すけど、その黒い物を処分しようとした時に、突然声が聞こえたんだ」


「声? なんて言ったの?」


「王はおまえか、って」


「ええっ? なあにそれ。それで、蘇芳ちゃんはなんて答えたの? もちろん……」


「もちろん、違うよ、って答えたよ」


「なんでよっ⁈」


 ユリウスはまだ蘇芳の腕の黒いひも状の跡を撫でながら、蘇芳の反応に大声で返した。


「だって、僕は国王代理だからね」


「……どうしてそういうとこだけ真面目なのよ……」


「なんだ。いつも真面目にしろって怒るのはおまえじゃないか。じゃあおまえは僕がそう答えて、そのまま喰われても良かったのか? ユリウス」


「……え?」


 蘇芳がしごく真面目な顔でそう言うと、ユリウスもそれが冗談ではないことを察知したのか、それ以上文句を口にすることはなかった。蘇芳は沈黙を肯定と受け取ると、続きを話すべくまた口を開く。


「なぜかはわからないが、その声は王を探していた。その後僕にこう聞いたんだ、王はどこだ? ってね。だから僕は、今次の王の選任をしている最中だ。だから王の名は告げられない、と答えたんだ」


「……まさか」


 ユリウスは何かに思い当たったのか、信じられないという顔で蘇芳を見る。


「さすがユリウス。話が早いな。おまえの想像通りだよ。その声はその選任に力を貸してやるって申し出たんだよ。この箱庭の中の試練を潜り抜けた者を王にすれば良いってね。声にしてみれば、そうすれば最終的に王に会えるんだから、都合も良かったんだろうね」


「……それで、蘇芳ちゃんはそれを受けた、ってこと? え?ちょっと待って。このゲームは、代々王を決める為の、正統なものじゃなかったの?」


「うん。あれ嘘だから。なんだ、おまえも信じてたのか?」


「嘘って……そんなに簡単に自分の弟妹達を危険な目に合わせることになるようなことを決めちゃうって……」


 蘇芳の決断に賛成しきれないと言った様子で口籠ったユリウスに、蘇芳はきょとんとした瞳を向ける。


「なんで? だって僕は王なんてやりたくないんだ。だから声の提案は僕にとって都合が良かった。さっさと誰かに渡してしまいたかったのに、その渡し先を考えるのが面倒だったんだから、渡りに船さ」


「だからって、危なくないの?」


「どうしようもなくなったら僕が出るよ。さすがに僕だって自分の弟妹達を見殺しにしたりしないよ。夢見が悪くなる」


 蘇芳はにっこりと笑って見せると、ユリウスは頭が痛いと言わんばかりに右手で眉間を押さえた。


「……本当のところは?」


「面白そうだったから」


 少しも悪びれずにきっぱりと言い切った蘇芳に、ユリウスは今度こそ大きな溜息を吐いた。


「想像してみろよ。未知の箱庭の中で自分の弟妹達がゴール目指して四苦八苦する姿を特等席で見れるんだよ? おまけにゲームの決着が着く時には、このめんどくさい玉座も手放せれるんだ。これぞ王の特権と言わずしてなんと言うか、ね」


 蘇芳は心底楽しそうに笑うと、また視線を箱庭へとやる。


「それに、このゲームのもう一つの要素が気に入ってね。ほとんどそれでOKしたんだよ」


「……もう一つの要素?」


 ユリウスは心なしかげっそりとした顔でそう聞き返すと、蘇芳は大きく頷いて見せた。


罪人候補生ギフテット・ワナビーズだよ」


罪人候補生ギフテット・ワナビーズ?」


 予想もしていなかった言葉だったのか弾かれるように瞬いたユリウスに、蘇芳はコクリと首を縦に振った。


「王を探しているくせに、どうしてわざわざ罪人候補生ギフテット・ワナビーズをパートナーにつけろと言うんだ? ってその時は疑問だったけど、なるほどね。今日でその答えがわかった気がするよ」


「……紫蘭ちゃんたちの他にも、その能力ギフトみたいなのが現れたチームはあるの?」


「いや、まだいないよ。だからこの情報をどうしようかなって思ってる」


 ユリウスの問いに、紫蘭はあっけらかんとそう答えた。ユリウスは首を捻る。


「どうしようかな?」


「うん。皆にこの事実をアナウンスするか、それとも、気づくまで放っておくか。でもそうすると、紫蘭達が大分リードすることになるだろうね。でもまあ、それも必然か」


「必然?」


「紫蘭たちはこのゲームの主、あの時の声の主に選ばれたのさ。どういう基準かわからないけどね」


「紫蘭ちゃん達が? でもどうしてかしら?」


「さあ? それは僕もわからないな。でも、もしかしたら……」


(真の王たるは、罪人ツミビトと共存せし者か?)


 ふふ、と蘇芳が口許に笑みを浮かべると、ユリウスが、呆れた様に肩を竦めた。


「蘇芳ちゃん、悪い顔してるわ」


 蘇芳はユリウスの言葉が気に入ったのか、箱庭から視線を外すとユリウスに向き直った。


「こんな面白いゲームを一番の特等席で見られるなんて、やはり王という椅子は素晴らしいものだな、と改めて思っている所だよ」


 蘇芳はそう言うって笑うと、箱庭を愛おしそうに見やった。

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