第13話:声を取り戻す日

久志は、蒼真の横に腰を下ろして、黙ったまま手のひらを火にかざしていた。その腕には、まだ乾ききらない血の跡。銃弾がかすめた場所を、布でぎゅっと押さえている。


「痛くないの?」


思わず聞くと、久志は小さく笑った。


「痛ぇよ?」


蒼真は言葉を失った。さっきまで、目の前で命が簡単に奪われていくのを見たばかりだった。

何もできなかった自分。何も守れなかった自分。

そんな中で、久志は、それでも生きようとしていた。こんな世界で、それでも、笑おうとしていた。


「なあ、そうま。お前の名前、なんか、いい名前だよな。どんな意味なんだ?」


蒼真は、少しだけ驚いた。でも、素直に答えた。


「『蒼』は、広い空の色。『真』は、嘘のない心……って、母さんが言ってた。 どこまでも澄んだ、強い人になってほしいって」


久志は、ふうん、と呟いて、じっと蒼真の顔を見つめた。


「お前にぴったりだな」


その言葉に、胸が熱くなった。何もできない自分を、そう言ってくれる人がいる。それだけで、涙が出そうだった。


(久志……)


その時だった。

銃声が響いた。乾いた音が耳を突き刺す。


「蒼真!!」


久志の叫び声が聞こえた。胸の奥に熱い衝撃が走ったかと思うと、体の力がすうっと抜けていった。ぐらりと視界が傾き、僕は地面に膝をつく。

ぼんやりと空を見上げた。満州の空は、どこまでも灰色だった。冷たい土の匂い。遠ざかる人の声。視界の端で、久志が必死に僕に駆け寄ってくる。


「ダメだ、蒼真、しっかりしろ!」


久志の手が僕の肩を掴む。その手のひらが震えているのがわかった。


「久志、……僕、」


声にならない声を絞り出す。ああ、ここで終わるんだな、と思った。

でも、不思議と怖くはなかった。寒さも、痛みも、だんだん遠くなっていく。代わりに、胸の奥から、温かいものがあふれてきた。


――久志に、出会えてよかった。

――ひとりじゃなかった。

――最後に、誰かに大切に思ってもらえた。


(……ありがとう。)


意識が、ふっと途切れた。

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