第12話:誰かのための灯

薄暗い倉庫の中、蒼真は震える指で、久志の持っていた短刀をそっと撫でた。冷たい金属の感触。細かな傷と、手にしっくりとなじむ重さ。


間違いない。これを何度も見た。小さい頃、祖父が夜な夜な手入れしていたのを、こっそり覗き見たことがある。誰にも触らせなかった、大事な短刀

(……久志は……おじいちゃん……?)


頭が混乱する。現実感がぐらぐらと揺らいで、息が苦しくなった。


「どうした、蒼真?」


久志が不思議そうに顔を覗き込んでくる。その顔がまた、祖父の面影と重なる。

しっかりとした眉、鋭いけれど温かい目。そして、あの右肩の銃創――すべてがつながっていく。


「……久志」


蒼真は、ほとんど無意識に呟いた。目の奥がじわりと熱くなる。


「久志は……未来で……」


喉の奥から、言葉がうまく出てこない。

もし、ここで話してしまったら。すべてを壊してしまうかもしれない。だけど、もう隠しきれなかった。蒼真は、ぎゅっと短刀を握りしめた。


「……未来で、僕の……」


そこまで言ったとき、久志がそっと手を置いた。蒼真の手の上に、大きな、温かい手。


「大丈夫だよ。」

久志は、静かに言った。


「言葉にしなくても、伝わってる。」


その一言で、蒼真の中の何かが、決壊した。堪えていた涙が、ぽろぽろとこぼれた。

久志は何も言わず、ただ傍にいてくれた。蒼真の肩を、そっと叩くように、ゆっくりと撫でた。

灰色の空の下で、薄汚れた倉庫の中で――蒼真は、初めて、自分が「生きている」ことを実感した。


孤独でもいい。

迷ってもいい。


でも、ここに自分を想ってくれる誰かがいる。

それだけで、世界はこんなにもあたたかくなるんだ。蒼真の胸の中に、ひとつ、確かな灯がともった。


焚き火の小さな炎が、夜の闇をわずかに照らしていた。ぱちぱちと薪がはぜる音だけが、静かに響いている。

久志は、火を見つめながらぼそりと呟いた。


「……たまにさ。全部、どうでもよくなること、あるんだ。」

僕はそっと顔を上げる。


「……どうでもよくなる?」

久志はうなずいた。


「ああ。家族も、全部、もういなくなっちまったし……。こんな世界で、何のために生きてんのか、わかんなくなる。頑張ったって、誰かが褒めてくれるわけでもない。誰かが待ってるわけでもない。だったら最初から、何も頑張らなきゃよかったって……。そんなふうに思うとき、あるんだ。」


焚き火の光が、久志の横顔を照らした。寂しさと、苦しさを抱えた表情だった。僕は、言葉を選びながら、静かに口を開いた。


「……でも、久志が生きてること。それだけで、誰かを救ってるかもしれないよ。」


「俺が?」

久志が、少し目を見開いた。


「……僕だって、久志がいてくれるから、今、ここにいられる。」


ぽつりと落としたその言葉に、久志は何も言わなかった。ただ、焚き火の向こうで、小さく笑ったように見えた。

風が吹き、炎がふるえた。僕たちはただ、黙って火を見つめていた。



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