第11話:過去と未来の間で

次の日も、久志と一緒に仕事に出かけた。

いつも通りに仕事をして、終わったら久志と倉庫へ帰るつもりだった。


そのとき、憲兵がこちらに近寄ってきた。

ざらついた空気の中、憲兵たちは無表情で二人を睨んでいた。軍服の胸元には、くすんだ金の星章。重たい軍靴が、ジャリ、と音を立てる。


「この区域に立ち入りは禁止だ。身分証を見せろ。」


冷たい声だった。久志は蒼真を庇うように一歩前に出る。


「俺たちは市場の手伝いをしてただけです。通してください。」


「言い訳はいい。」


憲兵の一人が、無造作に久志の胸倉を掴んだ。布地がきしむ音。久志は抵抗せず、ぎゅっと拳を握っただけだった。


(まずい――)


蒼真は直感的に悟った。ここで逆らえば、ただじゃすまない。


「おい、こっちのガキも怪しいぞ。」


もう一人の憲兵が、蒼真に手を伸ばしかけた。反射的に蒼真は後ずさる。


「やめろ!」


久志が怒鳴った。その声に、憲兵の顔色が変わる。


「なに様のつもりだ、小僧が!」


憲兵の手が、久志の頬を叩いた。乾いた音が響き、久志の顔が横に弾かれる。

一瞬、空気が凍りつく。


(やばい……)

次の瞬間だった。


パン――!


音より早く、蒼真は久志の体が揺れるのを見た。


「っ、く……」

久志が、右肩を押さえ、膝をついた。


「久志!!」

駆け寄ろうとする蒼真を、憲兵が怒鳴りつける。


「動くなッ!」

銃口が、無慈悲に蒼真へ向けられる。恐怖で足がすくむ――けれど、


「蒼真、逃げろ!」

久志が叫んだ。その叫びに、蒼真の足が勝手に動いた。


肩を撃たれ、血を流しながら、それでも久志は憲兵たちに立ち向かうように身を翻す。蒼真は歯を食いしばりながら、久志の手を引いた。


二人は瓦礫の山をすり抜け、路地裏へと逃げ込んだ。背後では罵声と怒号が飛び交っている。

土埃を巻き上げながら、ひたすら走った。どれくらい走ったかわからない。呼吸は苦しく、喉は焼けるようだった。


ようやくたどり着いたのは、薄暗い倉庫だった。

朽ちた木の扉を押し開け、中に滑り込む。錆びた鉄のにおいが鼻を突いた。久志は壁にもたれかかり、苦しそうに息をついていた。


「……すまん、巻き込んだな。」


弱々しく笑いながら、右腕を押さえる。白い布が、みるみるうちに赤く染まっていった。

蒼真は慌てて、倉庫の隅にあったボロ布を引き裂き、久志の腕にきつく巻きつけた。


「動かすな。血が、止まらない……」


必死に手を動かしながら、蒼真の視線は、無意識に久志の肩へ向かっていた。


(右肩……あの傷……)


久志は苦笑しながら、自分の上着の内側をごそごそと探り、小さな包みを取り出した。


「これ、お守り代わりなんだ。」


久志がそっと広げたそれは――短刀だった。細工が施された、美しい鞘。小さな桜の刻印。


蒼真は、見覚えがあった。

祖父が、ずっと大切にしていた短刀。誰にも触らせず、いつも神棚の奥に隠すようにしていたもの。


(同じだ――これ……祖父の……)


手の震えが止まらない。喉がカラカラに乾く。


「久志、って……」


口をついて出た声は、掠れていた。

久志は、にかっと笑った。


「俺の大事な名前さ。」


その笑顔が、祖父の笑った顔と重なって見えた。

蒼真は、震える手で、静かに唇を押さえた。世界が、静かに、でも確かに変わっていく音がした。

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