第4話:久志という少年
気がつくと、僕は土の匂いに包まれていた。頬にあたるのは、ざらざらとした冷たい感触。ゆっくりと目を開けると、そこには見たこともない景色が広がっていた。
空は重たく灰色に曇り、乾いた風が土埃を巻き上げている。低く鳴る汽笛の音、遠くで聞こえる馬のいななき。そして、見慣れない建物たち――どこか異国めいた、でもどこか懐かしい風景。
(……ここは、どこだ?)
立ち上がろうとしたが、足元がふらついた。頭の中もぐるぐると回っている。ほんの数秒前まで、神社にいたはずなのに。
シャツの袖に土がこびりついている。その手で、慌ててポケットを探る。
スマホが――ない。鞄もない。制服も、いつの間にか見たことのない古びたシャツとズボンに変わっていた。
パニックになりそうな心を、なんとか押さえ込む。
そのとき。
「おい、大丈夫か?」
背後から声がした。驚いて振り返ると、そこにはまだ十代半ばくらいの、少年が立っていた。浅黒く日焼けした肌。真っ直ぐな瞳。乱れた前髪の奥からのぞく瞳は、まっすぐにこちらを見つめていた。
整っているわけではないが、不思議と印象に残る顔立ちだった。まだ子どものあどけなさが残っているのに、どこか大人びた影も見える。
言葉では表せないけれど、時代の重さをそのまま背負っているような――そんな空気を纏っていた。
(……誰?)
少年はにっと笑った。
「そんなところで横になっていたら、兵隊さんに叱られるぞ」
(兵隊? 何を言っているんだ?)
混乱する僕の腕を、少年はぐいっと引っ張った。その手は、驚くほどあたたかかった。
「ほら、立てるか?」
少年は、僕の腕をしっかりと引き上げた。 その力強さに押されるように、僕はよろよろと立ち上がる。
「……あんた、どこから来た? この辺の者じゃなかろう。」
少年は、じっと僕を見た。 その目はまっすぐで、どこか懐かしい光を宿している。
「えっと……」
何て答えたらいいのかわからなかった。 どこから、って言われても、自分でもわからない。
「名前、なんていうんだ?」
唐突に聞かれて、僕は一瞬ためらった。 でも、嘘をつく理由もない。
「……藤倉です。藤倉 蒼真(そうま)。」
「ふじくら、そうま……」
少年は、どこか考えるように僕の名前を繰り返した。 その顔が、なぜかひどく真剣に見えた。
「良い名前だな。俺も藤倉というんだ。藤倉久志。」
(……え?)
藤倉。 同じ名字。 それに、久志――祖父と同じ名前だ。
「じゃ、行こうぜ!」
久志は、僕の思考を置いてきぼりにして、ぐいぐいと僕の腕を引っ張った。
「え、どこに?」
「兵隊さんに見つかったらまずいだろ? こっち、隠れ場所がある。」
乾いた風の中、少年――久志の声だけがやけに鮮明に響いた。 僕は、訳もわからないまま、その背中を追いかけるしかなかった。
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