第2話:息ができない場所で

 病院の白い廊下を、静かに時間が流れていた。母も、親戚たちも、誰もが声を潜め、作業のように動いていた。

 葬儀会社の人がきて、打ち合わせが始まる。祭壇はどうするか、日取りはどうするか。誰が何をするか、誰に連絡するか。細かいことを、次々に決めなければならなかった。


 僕は、その輪の中にいるふりをして、ただ突っ立っていた。言葉は頭の上を素通りしていく。おじいちゃんの死を、現実として受け止める余裕なんて、どこにもなかった。


 父も母も、忙しなく動き回っていて、悲しむ暇さえないようだった。

 親戚や葬儀会社の人ときびきびと話す父の姿が、なぜか癇に障った。


(……ったく。外面ばっかりいいんだから)


 父は家の中では、意味もなく偉そうにしているくせに。そんな父をかばってばかりの母にも、心底うんざりしていた。父も母も、顔を見るだけで胸がつかえる。何度家を出ようと思ったことか。でも結局、どこにも行けなかった。

 外に出たところで、生きていく力なんてない。そもそも、生きたいと思っていない。

 祖父が亡くなって、みんなが悲しみ、別れを惜しんでいるときに、僕は――死んだら、楽になれるのに、と考えていた。


(こんなときに、こんなこと……)


 吐き気がした。誰も悪くないのに、すべてが嫌だった。

 ふと、母がこちらを見た。何か言いかけたその顔を見るのが、どうしても耐えられなかった。


「……外、行ってくる」

 かすれた声を残して、僕は走り出した。


「おい!どこに行くんだ!」

 父の声が聞こえた。だけど足を止めることはできなかった。廊下を、階段を、何も考えずに。逃げるように、ただ外へ。

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