第41話 地下室の老女
地下へと続く階段は屋敷の奥の、目立たない場所にあった。
魔道具の照明がついてはいるものの、薄暗く、独特の雰囲気が漂っている。
幅が1メートルくらいの狭い階段を何段も降りていくと、異様な熱気とともに、なにやら物音が聞こえてきた。
「フンッ! フンッ! フンスッ!」
あれは魔物かなにかだろうか?
鼻息と風きり音が響いている。
「怯えることはない。ティアミンが体を動かしているのだろう」
それは理解しています、姫さま。
ただ、どうやったら一一八歳があんな物音を立てられるのかが不思議なのです。
「ティアミン、邪魔をするぞ」
姫さまが奥に向かって声をかけると物音はやみ、代わりにしわがれた女性の声が響いた。
「ようこそおいでくださいました。どうぞご遠慮なくお入りください」
よく通る声であり、年齢を感じさせない力強さがある。
なんだか、ラスボスに対面するって感じがしてならないよ。
だってさ、バスカーさん、バルヴェニーさん、ドロナックさんの上に君臨する師匠だよ。
マスター・オブ・レジェンドといってもおかしくはないはずだ。
俺は期待と不安をブレンドさせながら階段を下りた。
階段の下は100平米ほどの大部屋になっていて、照明も明るいものになっていた。
その部屋の真ん中に背の高い女性が長い棒を持って直立している。
身長はおそらく180センチメートル以上あるだろう。
後ろで一つにまとめたボサボサの赤髪、ハイネックのロングドレスで隠れているが四肢はどれも太そうだ。
高い鼻に突き出た額、鋭い眼光に丈夫そうな顎、どのパーツを見ても意思が強そうなおばあちゃんである。
ついさっきまで激しい動きをしていたようだけど、息切れ一つしておらず、額にうっすら汗が光るのみだった。
「お久しぶりでございます、姫さま。このようなむさい場所までよくいらしてくださいました」
「元気そうでなによりだ。ティアミンも変わりなくて安堵いたした」
「とんでもございません。わたくしも歳を取りましたよ。どうぞお入りください」
ティアミンさんは姫さまたちを奥の扉へと導いた。
扉の向こうはティアミンさんの居室としてあてがわれていた。
手前が居間で奥は寝室になっているそうだ。
部屋の中は明るく、居心地の良いしつらえで、品の良い家具や花が飾られている。
暖かみのある空間は、ここが地下であることを忘れさせてしまうほどだ。
「おかけください、姫さま」
姫さまにソファーを勧めて、ティアミンさんは俺の方を見た。
「客分のカミヤ殿ですね。お話はかねがねうかがっておりました、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。わたくしはかつてブラックラ家で、メイド長と家庭教師と執事と近衛隊長と魔術師長と乳母と訓練教官をしておりました、ティアミン・スペイサイドと申します」
肩書が多いな!
もうそれだけで、すごい人だっていうのがわかるよ。
ただ、もっと怖い人かと思っていたんだけど、ティアミンさんの態度は予想よりずっと丁寧だった。
互いの挨拶がすむと、姫さまは本題に入った。
「もう聞き及んでいるだろうが、ダンジョン七層への入り口が見つかった」
「そのようですね。ブラックラ家も優先開拓に参加するとか」
ティアミンさんは地下に閉じこもっているようだけど、どこから情報を得ているのだろう?
ドロナックさんやバルヴェニーさんが教えているのかな?
「そこでティアミンにぜひとも頼みたい。優先開拓に同行してくれ」
姫さまの頼みにティアミンさんは難色を示した。
「こんな老人を連れて行ってどうなさいます。わたくしはもう一一八歳ですよ。昔のようには働けません」
「なにを言う。いまだってわらわより強いであろうが」
ティアミンさんはにっこり微笑むだけで答えない。
「頼む、ティアミン。褒美ならなんなりととらすゆえ」
「いまさらご褒美と言われましてもねえ……。老い先短い身にとってみれば、穏やかに暮らすことこそが本望です」
「なにを言うか、あと五十年は生きそうであるぞ」
太い指を顎に当てて、ティアミンさんは考えていた。
あるいは、考えるふりをしていた。
そして、大きなため息をつく。
「承知しました。大恩あるブラックラ家のため、老体に鞭を打つといたしましょう」
「おお、やってくれるか!」
「ただし、条件が二つございます」
有無を言わせぬ口調に、姫さまは息を飲んだ。
「うかがおう」
「一つ目、コスモリンの花が見つかったときは無条件で、すべて私にくださいますこと」
「(コスモリンの花はダンジョンで見つかる薬草だよ。お酒につけておくと物忘れ防止効果がある薬草酒ができるんだ)」
耳元でレミィが囁いてくれた。
いくら元気でも、そこは老人の悲しさか。
ひょっとしたら認知症の兆しが見えているのかもしれない。
試しにダンジョン内の[コスモリンの花]を検索したところ、地下四層から六層にかけて五ヵ所のマークが出てきた。
広いダンジョンでも、これしか咲いていないのか。
コスモリンの花はかなり希少なもののようだ。
ひょっとしたら第七層に生えているかもしれないけど、そちらの詳細はわからない。
離れすぎていて、精霊の力が及ばないのだろう。
俺は画面を可視化してティアミンさんに見せた。
「見てください。コスモリンが生えている場所はこちらです」
ティアミンさんはさっと地図に目を通し、渋面を作った。
「まったくたいした力だねえ。カミヤ殿が無欲で助かるよ」
褒められた?
いや、むしろ呆れられたような……。
姫さまは俺たちのやり取りを無視してティアミンさんに先を促す。
「それで、もう一つの条件は?」
「これですよ」
ティアミンさんが指をさしたのは俺の地図だった。
「カミヤの地図が欲しいのか?」
「そうではありません。姫さまの大事な騎士を取り上げる趣味はございませんから」
「だ、だ、大事などと!」
「カミヤ殿はブラックラ家の救世主。誰よりも大事ではありませんか?」
「そ、そうである! カミヤは大切な私の騎士だ」
姫さま、ティアミンさんにもてあそばれてないか?
「私が言いたいのは、カミヤ殿をわたくしに預けろ、ということです」
「どういうことだ?」
「わたくしが直々に鍛えます」
「ならん! カミヤが死んでしまう!!」
そうなの!?
ものすごく嫌なんだけど……。
「よろしいのですか? いずれにせよ、このままではカミヤ殿は危険ですよ」
「どういうことであるか?」
「その力でございますよ」
ティアミンさんは再び俺の地図を指さした。
「この地図の力はあまりに強大です。戦時ともなれば、どの国もカミヤ殿を欲しがるでしょう。あるいは恐れるでしょうね。暗殺ということだって考えられる」
「そのときはわらわが守る!」
いや、姫さまを守るのが騎士の務めなんですけど。
主君に守られる騎士って、本末転倒もいいところだぞ。
「こう言ってはなんですが、姫さまには無理です。全盛期の私にだって無理ですよ。だとすれば残る道は二つ。カミヤ殿の力を隠し、自身を守る術を身につけるしかございません」
「それは、そうだが……」
「優先開拓はいつからはじまりますか?」
「おそらく、二週間後だ」
ティアミンさんは俺を見つめた。
「カミヤ殿もダンジョンへ行く気ですか?」
「はい、そう決めています」
「場合によっては死にますよ。少なくとも怪我をします」
「え?」
「それはカミヤ殿ではないかもしれない。ですが、カミヤ殿を守るためにバルヴェニーが、あるいは姫さまが傷を負うかもしれないのです」
「それは……」
その可能性についてはまるで考えていなかった。
だが、言われてみればもっともな話だ。
「現役時に要人警護はいろいろやりましたが、ダンジョン内でのお守りなんて聞いたことがありません。いくらわたくしでも、カミヤさまの安全は保障できかねます」
「だから、カミヤをそなたに預けろと」
「あらゆる手を使い、死なない程度には鍛えてみせます」
同じチームの人に迷惑をかけるのは俺だっていやだ。
思い切ってティアミンさんの特訓を受けるのが正解なんじゃないかな。
「姫さま、俺からもお願いします。ティアミンさんに俺を預けてください」
「だが……」
心配する姫さまにティアミンさんが請け合う。
「訓練で殺しはいたしません」
「だが、逃げ出したものは数知れないであろうがっ!?」
「そんな奴ら、どうせあてにはできません。さて、カミヤさまは最後まで逃げ出さずにいられるかどうか」
怖すぎる……。
だが、俺は姫さまの騎士だ。
ならば、それにふさわしい人間になりたい。
「姫さま、重ねてお願いします。私に訓練を受けさせてください」
「わかった。カミヤ、わらわのためにすまぬ」
しんみりしている姫さまをティアミンさんが追い立てた。
「さあ、ぐずぐずしている暇はありませんよ。さっそく訓練を開始します。姫さまたちは地上へおもどりください」
ティアミンさん、なんかウキウキしていない?
肌のつやも俺たちが来たときよりよくなっているような……。
新しいおもちゃを与えられた子どものような瞳でティアミンさんは俺を見つめている。
「とりあえず二週間は耐え抜いてください。そこから先はカミヤ殿次第です。いえ、たったいまから、あなたのことはカミヤと呼び捨てね。私の弟子なのだから」
こうして、俺はティアミンさんの弟子になった。
つまり、ドロナックさんたちの弟弟子というわけだ。
果たして俺は強くなれるのだろうか?
どれほどの苦難が待ち受けているのだろう?
それでも俺は自分の選択を迷うことはなかった。
(第一部 終了)
異世界で精霊使いになったけど、俺の使えるスキルは地図だけでした 長野文三郎 @bunzaburou
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