第29話 啖呵を切る
バルヴェニーさんとバスカーさんが去ると、レミィが声をかけてきた。
レミィはずっとそばにいたのだが、あの二人には妖精が見えなかったのだ。
「ショウタ、どうするつもりだ?」
「具体的にはまだなにも考えていないよ」
「だけどさ、ショウタだったらどうにかできるんじゃないかな?」
あんなことを聞かされたあとでも、レミィは楽観的な態度をとっている。
「どうにかって、どうするんだよ?」
「ようは金があればいいんだろう? だったら隠された財宝とかを見つけ出せばいいんだよ」
はたして、そんなものが簡単に見つかるのだろうか?
それでも、俺は[未発見の財宝]というキーワードで検索をかけてみた。
「いっぱいあるじゃねえか! やっぱり僕は天才だな」
画面にはたくさんのマークが出ている。
だが、ほとんどは外国のもので、ロウンド王国につけられたマークは三つだけだ。
「三つもあればいいんじゃね?」
「よく見ろ。どれも領域外だぞ」
領域外とは人の住めない地域のことだ。
王国内とはいえ、こんなところに行く人間はいない。
道はないし、道中には魔物がうようよいるという話である。
過去に調査隊が何度か派遣されたが、戻ってきた者はいないと姫さまも言っていたくらいだ。
ダメもとでルート案内を表示しようとしたけど、道は示されなかった。
精霊たちの力をもってしても、ルートは見つからなかったか……。
となれば、半年以内で人跡未踏の土地を切り開き、財宝を持ち帰ることなど不可能だろう。
俺はその場に立ちすくみ頭を抱えるしかなかった。
なんの解決策も思い浮かばないまま悶々とした日々が過ぎていった。
その間、姫さまは毎日のように俺のところへ遊びに来たけど、オップマンの話は一度もでていない。
俺を心配させないようにとの配慮だろう。
だが、その態度がかえって俺をイライラさせる。
俺はそんなに頼りないだろうか?
だが、姫さまが真実を話してくれたとして、どうなる?
俺に姫さまの窮地を救えるのか?
地図の力を最大限利用して砂金をとったとしても、半年で2億レーメンを稼ぐのは至難の業だ。
落ち込む俺の態度を見かねたのだろう、朝食の席で姫さまが俺を遠乗りに誘ってくれた。
「ここのところ元気がないぞ。たまには郊外にでも行こうじゃないか。わらわが馬の乗り方を教えてしんぜよう」
「いえ、明日は技師と一緒にミラージュに行きます。その準備もありますので」
「そうか……」
準備なんて言うのは言い訳だ。
そんなものはすべてドロナックさんが手配してくれるのだから。
姫さまの悲しむ顔を見るのは辛かったけど、俺はまだ金策について考えていた。
よい考えも思い浮かばないまま、さらに一週間が過ぎた。
ひとつだけいいことがあったとすれば調査の結果だ。
優良な金山であると、技師が太鼓判を押してくれたのだ。
うまく開発が進めば1年後には操業を開始するらしい。
朝食が終わると、俺が住んでいる離れに姫さまが遊びに来た。
いつものようにドロナックさんも一緒だ。
「カミヤ、商人が来るぞ」
「と、申しますと?」
「ロウンドナの豪商だよ。技師の報告書を見せて、金山開発の資金を借りるつもりだ。カミヤにも同席してほしい」
いちおう俺も共同経営者になる。
そのあたりを考えてのことだろう。
「信用できる相手ですか?」
「当家とは古い付き合いだ。それに、報告書を見せるにしても地名などの詳細は伏せるつもりだ」
むやみに情報は開示しないということだな。
「姫さまはいくらお借りになるつもりで?」
「開発には1億レーメンは必要との見積もりが出ている」
俺にはよくわからないが、妥当な額なのだろう。
「1億レーメンは大金ですね。貸してもらえるでしょうか?」
「埋蔵量はこの国でも類を見ないほど有望とのことだ。儲け話に敏感な商人がみすみすチャンスを逃すようなことはしないだろう。ただ、我が家が借金まみれであることは有名だ。融資してくれるかどうかはギリギリのところだな」
金山は有望でも債権者が多すぎるということか……。
「その商人の名前を教えてください」
「ロスジア商会のネバデ・ロスジアだ」
地図を開きロスジア商会を検索した。
ロスジア商会(★★★☆☆3・4)
創業百四十年をほこる海運業、銀行業を営む老舗。
大型帆船を十二隻も所有する。
コメント
ロメオ・カーク(★★★★)いい取引ができた。
トット・ギネス(★)ロスジアの船が沈んだ。俺は破産だ!
テディ・ボア(★★★)金利がやや高め。
リーマン・ショッカー(★★★)審査は厳しいが貸し付けはスマート。
これだけで判断するわけにはいかないが、悪逆非道の高利貸しというのではなさそうだ。
「承知しました。私も同席しましょう」
オップマン侯爵へ返済の目途も立っていないというのに、また借財を重ねるしかないのか……。
状況的に仕方がないとはいえ、俺の心は沈んでいた。
ネバデ・ロスジアは如才のない笑顔をたたえた大柄な男だった。
初老の風貌ではあるけど、体から滲み出る覇気が若者の元気さを凌駕するほどの勢いを見せている。
「本日はお招きいただきまして恐れ入ります」
「うむ、呼び立ててすまなかったな。さっそく本題に入りたいのだが、まずはロスジアとだけ話がしたい」
ロスジアはお供を連れてきていた。
一目で切れ者とわかる、若者だ。
会頭に随伴して来るくらいだから、きっとエリート社員なのだろう。
ロスジアは若者にうなずいてみせる。
「しばらく外していなさい」
若者は深々と一礼して去っていった。
「どうやらよほどの事情がおありのようですな」
探りを入れてきたロスジアに対し、姫さまは直球を投げ返す。
「我が領地内で金の鉱脈が見つかった」
「ほう」
こういうところはさすがだな。
金の鉱脈が見つかったと聞かされても、ロスジアは入ってきたときの笑顔を絶やさず、「それは、ようございましたな」と言うのみだった。
この人はこの笑顔のまま生まれてきたのか、と疑ってしまうほどだ。
「ついては開発のための資金を貸してもらいたい」
報告書を見せながら鉱山の可能性について、姫さまのもったいぶった説明が続いた。
よい感触を得たとは思うけど、ロスジアがどう思っていたかまではわからない。
彼は終始あの笑顔で姫さまの説明を聞いていたからだ。
ロスジアの笑顔には感心させられたが、それ以上に俺が感心してしまったのは姫さまだった。
報告書の内容とそれ以上が頭の中に入っているようで、どんな質問にも詰まることなく受け答えている。
きっと寝る間も惜しんで勉強したのだろう。
不意にロスジアがこんな質問をしてきた。
「ところで、公爵はこのことをご存じでしょうか?」
「それは……」
立て板に水の要領で説明をしていた姫さまが、はじめて言葉を濁した。
「父はまだ知らない。時期を見てお伝えするつもりだ」
「つまり、このたびのお金は姫さまが個人的に借り受けるということですか?」
「そうなる」
「それは難しいですなあ……」
ロスジアの顔から笑顔が消えていた。
「こう申してはなんですが、姫さまは領地をお持ちでない。つまり担保になるものがなにもないのです」
「それはおぬしの言うとおりだ。だが、金鉱山の埋蔵量は技師が保証しているぞ。不渡りを出す心配はあるまい」
「たしかに……」
「すでにこのようなものさえ見つかっておるのだ」
姫さまはダメ押しと言わんばかりに、川からとれた砂金をテーブルの上に置いた。
それは俺が技師と調査に行ったとき新たに見つけたナゲットで、重さは72グラムもある。
これだけで100万レーメンの価値はあるそうだ。
目の前に置かれたナゲットの効果か、ロスジアの顔に笑顔が戻っていた。
「なるほど、有望な鉱山であることは認めましょう。それで、姫さまはわたくしからいくら借りられるおつもりですか?」
「とりあえず1億レーメンだ」
張り付いた笑顔を絶やさずロスジアは静かにうなずいた。
「大金ですな」
「その価値はじゅうにぶんにあるぞ。おぬしがだめなら他を当たるまでだ」
「いいでしょう。1億レーメンを姫さまに出資しましょう」
「おおそうか!」
だが、ロスジアは喜ぶ姫さまを制して言葉をつないだ。
「ただし、利息は年に25パーセントいただきます」
「なんだと! これまでは20パーセントだったではないか」
おいおい、20パーセントでもたいがいだぞ。
現代日本の上限利率は元本金額100万円以上なら15パーセントである。
まあ、闇金はもっとひどいけど、さすがに公爵家相手にそれはないか……。
「ブラックラ家にはすでに5千万レーメンをお貸ししております。これ以上となりますと、この程度の利率をいただかなくてはなりません。当方も船が座礁したりして台所事情が厳しいのですよ」
そういえば、コメント欄にそんなのがあったな。
ロスジアの船が沈んだ。俺は破産だ! とかなんとか。
だが、さすがにこれ以上は黙ってみていられないぞ。
「少々お待ちください」
これまでおとなしくしていたが、ついに俺は口を挟んだ。
「こちらの方は?」
ロスジアはじっと俺のことを見据えている。
「わ、わらわの騎士、カミヤ・ショウタだ」
姫さまはどうしてそんなに赤くなっているんだ?
頼りない騎士が控えていて恥ずかしいのだろうか?
だけど、俺だってやるときはやってやるさ。
異世界人を舐めんなよ!
大きく息を吸い、気持ちを落ち着けてから切り出した。
「ロスジアさんには4億レーメンの貸し付けをお願いします。利率は……12パーセントで」
いきなり啖呵を切った俺に姫さまは驚きを隠せなかった。
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