第26話 地竜
土砂と水が入ったフライパンを大きく回した。
姫さまとドロナックさんは俺の後ろに立ち、背中越しにフライパンの中を覗き込んでいる。
二人の期待で背中が押しつぶされそうな感覚だ。
でも、大丈夫。
精霊たちが力を貸してくれたのだ。
きっと金は見つかるはずである……。
あれ、いまなにか光った?
って、かなりでかいぞ!
まだ水も砂もたくさん残っているけど、これ以上攪拌させる必要もない。
見つかったのはそれくらい大きな金だった。
俺は濁った水の中からクルミくらいありそうな塊をつまみだし、太陽に向けて掲げた。
指先から伝わるずっしりと重たい感覚が俺の心を昂らせる。
耳元でなる自分の心臓の音を聞きながら俺は叫んだ。
「ありました!」
振り向くと、姫さまもドロナックさんも黄金の胡桃を見て固まっていた。
世界一美味しいクルミを見つけたリスみたいだ……。
金って本当に重いんだね。
0・4グラム以上の砂金はグレイン、1グラム以上の砂金はナゲットと呼ばれるらしいが、俺が見つけた砂金はもちろんナゲット級だ。
重さは50グラム以上あるんじゃないかな。
金1グラムっていくらだっけ?
日本では1万5000円くらいしていたような気がするけど……。
つまり、50グラムなら75万円!?
日本とロウンド王国では金の価値が違うだろうけど、それでも貴重品であることはかわらないだろう。
「姫さま、ご検分を」
「…………」
受け取った金の重みで姫さまの華奢な手がガクリとさがった。
俺と同じで、予想以上に重かったのだろう。
呆然としながら金をあらためていた姫さまがポツリとつぶやく。
「これで……我が家の借財も……」
「よかったですね」
金山が開発されれば公爵の散財が激しくなってしまうかもしれないが、そこはきっちり姫さまに手綱を握っていただくしかあるまい。
姫さまは青白い顔をしながらナゲットを俺に返してくれた。
「カミヤ、今回もおぬしに助けられたな……」
「気にしないでください。これは自分のためでもあるのですから」
開発が順調に進めば俺も共同経営者だ。
これで将来も安泰だろう。
「ところでのぉ……」
姫さまは遠慮がちに俺とドロナックさんを見た。
「どうしたんですか?」
「わらわも砂金をとってみたい。カミヤがやっているのを見ていたらうらやましくなってしまって」
なにかと思ったらそんなことか。
姫さまは好奇心が強いのだな。
「どうぞ、どうぞ。上手く見つけられるといいですね」
俺はフライパンを渡そうとしたのだが、ドロナックさんがそれを止めた。
「なりません」
「どうしてだ? 技師たちに渡すサンプルはもう少しあった方がいいだろう? さっきのは見つけたカミヤのものだから、私もいくつかとってみたい」
姫さまの言い分はもっともだったけど、ドロナックさんは首を縦に振らなかった。
「サンプルなら私が探します。ブラックラ家の令嬢がこんなところで靴をお脱ぎになるなど、看過できません」
厳しいなあ。
公爵令嬢ともなると素足を他人に見せることもできないのか。
だが、よほど砂金をとってみたいのか、姫さまも今回ばかりは食い下がった。
「よいではないか! ここにはわらわたちの他は誰もおらん!」
「しかし……」
「二人は後ろを向いていればいい。その間にわらわが砂金を探す」
言うが早いか姫さまは靴ひもを解きだした。
こうなるとドロナックさんは後ろを向くしかないようだ。
「カミヤさま! 見てはなりません」
「は、はいっ!」
俺もドロナックさんに並び姫さまに背中を向ける。
「けっして振り向かないでください。カミヤさまはお家の大恩人ですが、それとこれとは話が別です。斬りたくはございません……」
またそのくだり!?
「わかっていますって」
緊張する俺を他所に姫さまは砂金取りを開始したようだ。
「おお、水が冷たいぞ! 川というのは気持ちのよいものであるな」
パシャパシャと跳ねる水音と姫さまの嬉しそうな声が聞こえてくる。
今頃は一生懸命に砂金を取っているのだろう。
そして十分後……。
「見つけたぞ。これを見てくれ!」
危うく振り返るところだったけど、ドロナックさんに手首をつかまれた。
「なりませんっ!」
あぶねぇ……。
俺、もう少しで命がなかった。
「姫さま、それでしたらお支度を。このままではカミヤさまも私も確認しようがございませんので」
「うむ、そうであるな。すぐに見せるから、しばらく待っていてくれ」
準備が整い、姫さまが声をかけてきた。
「もうよいぞ。わらわの収穫を目に入れよう」
自信満々で差し出された姫さまの手には小さな金の粒が転がっていた。
一つはグレイン、もう一つはナゲットサイズだろう。
「たった十分で二個も見つけたのですか?」
「うむ! ここにはいい鉱床があるようだな。このような体験ははじめてだが、砂金探しというのは楽しいものだぞ。爺もやってみるか?」
はしゃいでいる姫さまにドロナックさんも目を細めている。
「そうですな。私も挑戦してみますか」
そんな二人のやり取りは突如鳴り響いた咆哮にかき消された。
「地竜か!」
うかつだった。
砂金取りに夢中になり、地竜の接近に気づかなかったのだ。
藪をかき分けて現れたのは体高が5メートルくらいはありそうな巨大な亀のような魔物だった。
アメリカには甲羅のとがったワニガメという種類がいるが、見た目はあれにそっくりである。
ただ、ワニガメよりも首が長く、上下に生えた鋭い牙が特徴的だ。
くそ、巨大だからもっと足音が響くと考えていたけど、思っていたよりそっと歩くんだな。
もっとも、体重が7トンある象だって足音はほとんど立てないと聞く。
それと同じことなのだろう。
「姫さま、お下がりください」
すでにコートの前を開き、ドロナックさんは戦闘態勢だ。
手には細身の剣も握られている。
「爺、殺してはならん。地竜にはしばらくこの地を守っていてもらおう」
「御意。私が時間を稼ぎますのでご退避を」
村人たちは地竜を恐れてこの地に近づかなかったのだ。
しばらくは、そのままでいてもらおう。
いきなり魔物に襲撃されたというのに姫さまが冷静でいることに俺は感動すら覚えていた。
「爺のことなら心配いらない。いこう、カミヤ」
「はい!」
姫さまは馬に飛び乗り、俺はマントの力を借りて宙に躍り上がった。
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