第16話 もう一人の精霊使い
サンバ村から五時間の距離を馬車に乗り、俺たちはロウンドナの都まで戻ってきた。
いや、今回もお尻が痛かったよ。
だけど、安心感が痛みをはるかに上回っている。
俺たちは無事に都へ戻ってきたんだ。
もう、魔物や山賊の襲撃におびえる必要はない。
もっとも、地図スキルでそういった輩がいないことはわかっていたし、すぐそばには火炎魔法の遣い手である姫さまや、スーパー執事のドロナックさんがいたのだ。
この二人だったら山賊ごときに遅れるをとることはなかっただろう。
姫さまなんて俺に実力を見せることができず、残念がっていたくらいだった。
とにもかくにも、都までビワールを持ち帰れて安心したのである。
はじめて見る都にレミィは大興奮だ。
「すげっ! 人間が精霊みたいにうじゃうじゃいるぞ。建物もでっかいなあ」
「おい、目立たないようにしてくれよ」
「安心しろって、僕の姿が見えているのはショウタだけだよ」
そっか、俺は精霊使いだから見えるだけであって、他の人には見えないんだったな。
姫さまやドロナックさんでも、レミィがその気にならなければ姿を見ることはできないのだ。
馬車がシーマ広場に到着すると、姫さまとドロナックさんは直接王宮へ行くことになった。
もちろん俺は別行動である。
「これより陛下にお目通りしてくる。カミヤはどこぞで待っていてくれ。それほど時間はとらせないゆえ」
「それでは、姫さまたちにお会いしたロモス亭に泊ることにします。あそこならわかりやすいでしょう」
地図で検索したがロモス亭の個室には空室がある。
「うむ、必ず迎えに行くから、どこにもいかないでくれよ」
心配そうに姫さまが俺を見つめた。
「黙って消えたりしませんよ。どうぞ心穏やかにお勤めを果たしてください」
「そうか、では行ってまいる」
姫さまとドロナックさんは辻馬車を拾い、雑踏の中へ消えていった。
「さて、これからどうするんだ?」
「さっきも言ったように宿をとるさ」
「え~、いきなり宿屋にいくのか? せっかくなんだから都を見て回ろうぜ」
それもいいな。
姫さまから当面の生活費として5万レーメンをいただいているので懐の心配はない。
前みたいに落ちているコインを探して、都中を歩くなんてことはしなくていいのだ。
先日はコイン探しに夢中になり、観光なんてろくにしなかったもんな。
「よし、少し遊びに行くか」
「そうこなくっちゃ! どこへ行くんだ?」
「まずは魔導鉄道というのを観に行こうぜ」
話を聞いてからずっと気になっていたのだ。
「おし、いってみよう!」
意気込んだレミィが俺の肩の上に飛び乗ったが重さはほとんど感じない。
妖精というのは驚くほど軽いのだ。
俺は窓鉄道の始発駅であるクラウン駅までのルート案内を出して歩き始めた。
街を歩きだして気がついたのだが、ロウンドナの都には様々な魔道具が設置されていた。
その代表格が外灯だ。
裏通りまでは及ばないが、大通りには等間隔に設置されている。
これも魔結晶がエネルギー源として活用されているんだな。
「へえ、光の精霊が外灯の上でやすんでら」
「光の精霊がいるのかい?」
「あいつら、外灯が好きみたいだな。光の精霊にしてはめずらしく夜に活動するんだってよ」
昼夜逆転の精霊か。
精霊にもいろいろいるんだな。
レミィはきょろきょろしながら興奮し続けている。
「見ろよ、魔結晶を売っている店があるぜ。うぇ~、すごい波動だなあ」
厳重そうな石造りの建物にはガードマンが立っている。
ここはかなり高額な魔結晶を扱う店のようだ。
表に料金表が張ってあるぞ。
白晶:300レーメン (10グラム)
青晶:500レーメン (10グラム)
赤晶:1000レーメン (10グラム)
緑晶:1500レーメン (10グラム)
紫晶:2000レーメン (10グラム)
銀晶:3000レーメン (10グラム)
金晶:15000レーメン(10グラム)
色によって値段にばらつきがあるな。
特に金晶は破格だ。
きっと秘めた魔力が大きいのだろう。
こうやって店を眺めているだけでも楽しいものだ。
魔導鉄道が発着するクラウン駅は人でごった返していた。
駅の規模もかなりのものである。
ホームは1から4までがあり、それぞれ東西南北へ向けて旅立つ列車が停車している。
裕福そうな人、貧しそうな人、子ども連れ、別れを惜しむ恋人たち、イライラした様子の商人、大声で食べ物を売る人、様々な階層の人が次々と列車に乗り込んでいる。
「こんど一番線より発車するのは、北部線ファミリア行きの特急列車です。ご乗車の方はお急ぎください」
構内アナウンスまであるのか。
「あれは風魔法を応用した魔道具を使ってるんだぜ」
「へえ、よく知っているな」
「僕は風の妖精だぞ。なめんなよ!」
走り出す列車を見送ろうとしていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「ほう、妖精を連れているとはめずらしい……」
暗く陰気な声に俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
だが、それ以上にびっくりなのは俺しか見えないはずのレミィを相手がみていることだった。
「あ、あの……」
「…………」
男は黙ったまま俺とレミィを、血走った目で交互に睨んでいる。
黄色く濁った白目をしているのに、眼光はやたらと鋭い。
痩せて青白く、銀髪をオールバックにしている容貌は威圧感たっぷりだ。
ずいぶんと薄気味の悪い男だなあ。
「なにかご用ですか?」
「きさま、精霊使いか?」
ずいぶんと攻撃的な話し方をするやつだ。
ふんだんにトゲを混ぜた声をしていやがる。
だが、男の質問に俺は答えなくて済んだ。
発車のベルがけたたましく鳴り響き、男がそちらに気をとられてしまったからだ。
きっと一番線から出発する列車に乗るのだろう。
「ふん、まあいい……」
吐き捨てるように言うと、男はさっさと行ってしまった。
奴の姿が見えなくなると俺とレミィは大きく息をついた。
「なんだったんだ、いったい?」
「あいつ、精霊使いだぜ……」
「どうしてわかる?」
「だって、僕のことが見えたじゃねえか。精霊使いじゃなきゃありえないよ」
納得である。
「一番線よりファミリア行きが発車します」
発車ベルが鳴り止み、列車が動き出した。
車輪の音がホームに響き渡り、幾両もの列車が音を立てて動き出す。
俺たちはしばらく黙って走り去る列車を見送った。
「あんなものが動くんだから、魔道具っていうのもたいしたもんだな」
レミィは感心していたが、俺はまださっきの男のことが気になっていた。
「いったいどんな素性のやつなんだろう?」
「さっきのか? さあね、わかっているのは奴が精霊使いだってことだけさ」
そうだ!
検索ワードを『精霊使い』にして調べれば、なにかわかるかもしれない。
俺は地図画面を開いて検索をかけてみた。
「レミィの言ったとおりだ。やつは精霊使いだよ」
地図には高速で走り去る赤いマークが表示されている。
やはりさっきの男は電車に乗り込んだんだな。
俺は赤いマークをタッチして詳細を表示させた。
ガルガルディ・マトック
闇の精霊使い。
オップマン侯爵家のお抱え精霊使い。
わかるのはこれだけか……。
「へえ、地図スキルにはそんな使い方もあるんだな」
レミィが画面に見入っている。
「あれ、俺は可視化していないはずだぞ」
「人間には見えなくても、俺たち妖精には見えるんだよ」
そんなものなのか。
もっとも地図スキルは精霊ネットワークを利用した魔法だもんな。
そのあたりが関係しているのかもしれない。
「だけど、人物についての情報は少ないんだな」
特定の人物を検索するのは俺にとっても初めての経験だ。
物や場所を検索するときより情報が少ない気がする。
「やつが使役している精霊が邪魔をしているかもしれないぜ」
その可能性もあるのか。
「このマトックって男は闇の精霊使いってあるけど、闇の精霊しか使役できないの?」
「普通はそうだな。それぞれ属性が決まっているものさ。でもショウタの魔法はいろんな精霊が手伝っているぞ」
「そうなの? じゃあ、マトックが使っている闇の精霊も?」
「もちろんだ。闇だけじゃなく、光や火、風や土や水の精霊もショウタを手伝っているぞ」
ちっとも知らなかったよ。
俺、大勢の精霊に支えられていたんだ……。
「ふぅ、少し疲れちまったな」
レミィはふらふらと俺の肩にとまった。
「そろそろ宿に行くか。だけど、帰る前に寄っていくところがあるぞ」
「まだどこかに行くのかよ?」
「さっき見た、魔結晶を売る店だよ。そんなに大勢の精霊たちが俺を支えてくれているんだろう? だから、また魔力贈りをしようと思ってさ」
姫さまにいただいたお金はたっぷり残っているのだ。
ちょっと魔結晶を買うくらいの贅沢はできる。
「やれやれ、義理堅いのもほどほどにな」
「いいんだよ、これは俺がやりたくてやっているんだから」
「ま、あいつらは喜んでいるけどさ」
レミィは虚空を見上げて手を振っている。
俺には見えないけど、たくさんの精霊さんたちが飛んでいるのだろう。
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